幻桜記妖姫奧乃伝ー花降る里で君と
晩ご飯をすませ、自分の部屋に戻った礼太は勉強でもしようと机の前に座った。
一次関数の直線のグラフを物差しで書こうとして、うまく点と点を結べず顔をしかめる。
力を入れすぎてシャーペンの針がパキッと折れた。
小さくため息をついて、椅子を下りた礼太はいささか乱暴に障子を開けると、縁側にどかりと腰をおろした。
中庭の池に青白い月がゆらゆら揺れている。
お決まりの定位置から見るいつもの光景だ。
めまぐるしい一日だった。
当主の間で一悶着、部活で日常に引き戻されたと思ったら、退魔師の仕事の初見学。
もっとも、華澄たちは霊を連れ帰っただけで、除霊はしなかったようだが。
口に出しはしなかったが、礼太は今までにないほど妹と弟との隔たりを感じていた。
二人がこれまで培ってきたものが、まだ見ぬ退魔の腕だけではないことを知ってしまったから。
「礼太、風邪を引くわよ」
そのやわらかな声音の持ち主が誰であるか、顔を見ずとも分かった。
「華女さんこそ、身体大丈夫なんですか。今朝、少し辛そうだったじゃないですか。」
「平気よ。今は気分がいいの」
華女は礼太の隣に静かに腰をおろした。
沈黙の流れるにまかせ、二人はぼんやりと夜の闇をながめていた。
「華澄たちの仕事についていったそうね」
「………ええ」
「ふふ、こうと決めたら早いわね、あの子たちは。………それで、感想は?」
「なんか思ってたのとだいぶ違いました。別に戦うわけじゃないし、すごいあっさりしてるし。」
「今回は霊の女の子だったそうね。それならあっさりしてるでしょうね。わたしたちの専門ではないし」
礼太はようやく視線をずらし、華女を見て首をかしげた。
「専門じゃない?」
「ええ、なにせ、妖退治の奥乃家よ。あやかし、という言葉をうちではこの世ならざるものの総称として普段使ってるのだけど、本来は妖と霊はまったくの別物。わたしたちの専門は妖であって幽霊ではないのよ。でも、困ってる人たちは助けたいじゃない?だから霊が相手の仕事もすべて引き受ける。それがわたしたちのやり方。ただし、除霊は基本せずに、話し合いや説得ですませてしまうの。……そうはいかない場合も、もちろんあるけどね」
「……へぇ」
自分でも知らず知らずそっけない返事をしてしまう。
しかし、そんな礼太をたしなめるでもなく、華女はただ微笑むだけだった。
「今日は御苦労さま。ゆっくり寝なさい。貴方には学業もあるんだから」
「わかってますよ」
ちょっとむっとした礼太はぱっと立ち上がると、
「おやすみなさい」
とそっけなく挨拶して部屋に引っ込んでしまった。
部屋のほのかな灯りに照らされて、華女の白い相貌が闇に浮かび上がる。
その瞳は、礼太にはけして見せない憂いを帯びていた。
「礼太………」
ひっそりと紡がれた言葉は、ささやかすぎて礼太の耳には届かないだろう。
「…そ……う…さん」
一次関数の直線のグラフを物差しで書こうとして、うまく点と点を結べず顔をしかめる。
力を入れすぎてシャーペンの針がパキッと折れた。
小さくため息をついて、椅子を下りた礼太はいささか乱暴に障子を開けると、縁側にどかりと腰をおろした。
中庭の池に青白い月がゆらゆら揺れている。
お決まりの定位置から見るいつもの光景だ。
めまぐるしい一日だった。
当主の間で一悶着、部活で日常に引き戻されたと思ったら、退魔師の仕事の初見学。
もっとも、華澄たちは霊を連れ帰っただけで、除霊はしなかったようだが。
口に出しはしなかったが、礼太は今までにないほど妹と弟との隔たりを感じていた。
二人がこれまで培ってきたものが、まだ見ぬ退魔の腕だけではないことを知ってしまったから。
「礼太、風邪を引くわよ」
そのやわらかな声音の持ち主が誰であるか、顔を見ずとも分かった。
「華女さんこそ、身体大丈夫なんですか。今朝、少し辛そうだったじゃないですか。」
「平気よ。今は気分がいいの」
華女は礼太の隣に静かに腰をおろした。
沈黙の流れるにまかせ、二人はぼんやりと夜の闇をながめていた。
「華澄たちの仕事についていったそうね」
「………ええ」
「ふふ、こうと決めたら早いわね、あの子たちは。………それで、感想は?」
「なんか思ってたのとだいぶ違いました。別に戦うわけじゃないし、すごいあっさりしてるし。」
「今回は霊の女の子だったそうね。それならあっさりしてるでしょうね。わたしたちの専門ではないし」
礼太はようやく視線をずらし、華女を見て首をかしげた。
「専門じゃない?」
「ええ、なにせ、妖退治の奥乃家よ。あやかし、という言葉をうちではこの世ならざるものの総称として普段使ってるのだけど、本来は妖と霊はまったくの別物。わたしたちの専門は妖であって幽霊ではないのよ。でも、困ってる人たちは助けたいじゃない?だから霊が相手の仕事もすべて引き受ける。それがわたしたちのやり方。ただし、除霊は基本せずに、話し合いや説得ですませてしまうの。……そうはいかない場合も、もちろんあるけどね」
「……へぇ」
自分でも知らず知らずそっけない返事をしてしまう。
しかし、そんな礼太をたしなめるでもなく、華女はただ微笑むだけだった。
「今日は御苦労さま。ゆっくり寝なさい。貴方には学業もあるんだから」
「わかってますよ」
ちょっとむっとした礼太はぱっと立ち上がると、
「おやすみなさい」
とそっけなく挨拶して部屋に引っ込んでしまった。
部屋のほのかな灯りに照らされて、華女の白い相貌が闇に浮かび上がる。
その瞳は、礼太にはけして見せない憂いを帯びていた。
「礼太………」
ひっそりと紡がれた言葉は、ささやかすぎて礼太の耳には届かないだろう。
「…そ……う…さん」