幻桜記妖姫奧乃伝ー花降る里で君と
「いやー、申し訳ない。こんな時間に来てもらって」


やたら愛想の良い白髪の校長が、にこやかに言った。


「いえ、仕事ですから。」


華澄が申し訳程度に口角をあげ、それに応える。


正門が閉まる大きな音が鳴って暫くしてから、礼太たちは約束どおり学校の玄関へと向かった。


そこには不安げな顔をした中年やや小太りの男と、白髪がふさふさの初老の男が立っていた。


朝川中学校の校長と教頭だと名乗った二人に連れられ、礼太たちは校長室に案内された。


すすめられたソファはやわらかすぎて少々座り心地が悪かった。


校長は終始愛想の良さを崩さず、手ずから四人分のお茶を入れてくれた。


しかし、教頭の表情はかなりうさんくさげだ。


あらかじめ四人のうち三人が子どもであることは伝えられていたらしいが、無理もないだろう。


年配の人から見れば、裕司も大人とは言い難い。


少女一人に少年二人に青年一人。


しかも仕事内容はオカルト系。


うさんくさいことこの上ない。


むしろ、全く動じない校長の方が不可解だった。


「我が校は今年に入ってから災難続きです」


校長は悲しげにため息をつき、緊張に固まり気味の礼太にちらりと微笑みかけた。


「学校の外でも中でも、怪我をする生徒や教師が多すぎる。

物がなくなったり壊れたりというのもしょっちゅうです。

もともとは温和な校風だったんだが、生徒たちはぴりぴりとみな神経質になって、学校全体の空気がおかしくなっている。

………はじめは、私たち学校のやり方に問題があるのだろうと思いました。教師陣のやり方に問題があり、生徒の心に余裕がなくなっているのだろうと。そこで学級ごとにクラス会を開いてもらったり、校則を緩めたり、逆に厳しくしたりといろんなことをしてみました。しかし、意味がない。

そして事態はエスカレートし、問題は生徒の内側ではなく、外側から来ているのだと、考えざるをえない状況です。

廊下で白い腕に足を引っ張られるとか、視聴覚室に入ると必ず気分が悪くなるとか、突然窓ガラスが割れるとか、この前など一階に二階の生徒が降ってくるとか、もう数えたらきりがないほど不可解なことが起こるのです。」


「生徒が降ってくる?」


それまでだんまりを通していた裕司が反応した。


目を細め、校長を凝視する。


校長はうなづいた。


「信じてもらえるかは分かりませんが……いや、あなた方はこの世の不可解に対処するプロだ。そんなことはないでしょう。

五日前のことです。我が校は一棟に三年生、二棟に二年生、三棟に一年生の教室があるのですが、これが起きたのは二棟でした。二つの棟に挟まれた真ん中の棟です。

確か三時限目の終わり頃に、二年七組の生徒が突然真下にある二年三組のクラスに降ってきたんです。

七組の床と三組の天井を突っ切って、です。

七組では、一番後ろの席の子だったからなのか、しばらく誰も気づかなかったようです。

机の上にかなりの音をたてて落下したので、三組はかなり騒然としていました。

大騒ぎにはなりましたが、幸いにして落下した子にも三組の子たちにも大した怪我がなかったのがなによりです。

しかし……この事件がさらに拍車をかけて、学校に来るのが怖いと休む子が増えました。

心配はないなんて、私たちも無責任なことは言えない。

げんに大惨事になりかねない騒動でしたから。」


裕司がしばらく考えるようなそぶりを見せ、言った。


「依頼の内容はできれば今日終えたいと思ってますけど、万が一駄目だった場合は、その落下したという男の子に会わせていただいてもいいですか?詳しい状況の確認が必要になる場合もあるので」


そこではじめて校長が渋る気配を見せた。


学校側としては、生徒は関わらせずにこの件を終わらせてしまいたいのだろう。


しかし、四の五の言っていられないと思ったのか、万が一の場合は、本人の了承次第で話をさせます、と了解を得た。


「視聴覚室で気分が悪くなるっていうのは?」


いつになく張り詰めた顔つきの華澄が尋ねた。


「視聴覚室で授業をすると授業中、かならず2、3人は倒れるんです。倒れずとも、あそこはなにか嫌だという子がクラスに数人はいるようです。今は生徒は入室禁止にしてあります。」


華澄と裕司はかわるがわる、事細かに聞いていった。


具体的な心霊現象、それが起こる場所。


礼太はと言えば車の中で華澄にほいっと渡されたメモ帳に会話をメモしていくのに必死だった。


しかし、その間も、ますます色がなくなっていく聖の様子が気がかりだった。


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