幻桜記妖姫奧乃伝ー花降る里で君と
礼太たちは教頭に二棟の視聴覚室の前まで案内してもらった。
怪奇現象連発の校舎らしいが、夜の学校の不気味さがただようだけで、これといって何もなかった。
教頭は家庭科室と視聴覚室の鍵を開けてくれた。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
華澄は礼の後に、教頭を見上げて付け加えた。
「今から仕事に入ろうと思います。何があるか分からないので、わたしたちが戻るまでけして二棟には入らないでください」
「ああ、わかったよ」
教頭はうなづいた後、なにやら心配そうに聖の方をみた。
学校の教員としては、子どもにこんなことをさせるのがいたたまれないのだろう。
特に聖は小学校高学年にしてはかなり小さいし、どう考えても具合が悪そうだ。
しかし、どうすることもできないと心得ているのか、意味深な一瞥を向けただけで、礼太たちに背を向け、戻って行った。
「さぁてと、中に入ってみますかね」
裕司が先陣をきり、視聴覚室の中へと入って行った。
短い階段を登った先にある電気のスイッチをなんのためらいもなくぱちっと押す。
急に目の前が明るくなって、礼太は目を細めた。
「なんか、綺麗な部屋だね」
聖のつぶやきに、礼太はうなづいた。
視聴覚室は、テレビで見る大学の講義室のようなていをなしていた。
部屋全体がなだらかな坂になっており、前のスクリーンに向かって机と椅子が設置してある。
礼太の中学校には、こんな部屋はない。
「なんか、変わんねぇな」
裕司がぽつりと言った。
「他と比べて特に妖気が濃いって感じは全然ない、この部屋」
礼太にははなから何も感じられないので、何とも返しがたかった。
「聖、このへんでいいかな。」
華澄が椅子の後ろに立って、聖に尋ねた。
「うん、ドアからも近いし」
華澄はうなづき、斜めがけしていたポシェットの中から白いチョークを取り出した。
そして、半径1メートルくらいの円を驚くべき正確さで床に描く。
「何してるの?」
尋ねると、
「結界かいてんの」
とそっけない答えが返ってきた。
結界………?
礼太はただのまるにしか見えないそれをしげしげと眺めた。
華澄はチョークの粉は手を叩いてはらうと、すっと立ち上がった。
「さ、あとは聖、任せたわ。わたしたちは隣の家庭科室にいるから」
驚く礼太を尻目に、聖がこくりとうなづく。
「なんかあったら電話するか大声あげる」
「ちょっ、なんで聖だけ?」
わけが分からず声をあげる礼太に、華澄は首をすくめてみせた。
「結界の中に心霊現象の元凶をおびきよせるためよ。全員いたら来ないかもしれないでしょ。」
「………つまり、囮?」
「そうよ」
あまりにあっけなくうなづく華澄に礼太はあんぐりと口を開けた。
「兄さん、大丈夫だよ。慣れてるから」
聖が結界の中に入り、にこりと笑っていった。
「うちに伝わるちゃんとした戦法の一つなんだよ。」
「でも、囮なんてもしも何かあったら…」
聖だけで、危険ではないのか。
ただでさえ具合が悪そうなのに。
「あー、はいはい。でも、じゃねぇよ。」
礼太の言葉を遮ったのは裕司だった。
心なしか冷たい目が、礼太を見下ろす。
「華澄と聖はプロだ。経験もそれなりにある退魔師なんだよ。二人のやり方に対して、これまで家業に関わらずのほほんと生きてきた奴が口出しするなんておかしいだろ」
カッと頭に血がのぼるが、裕司の言うことはもっともで、礼太はうつむくことしかできなかった。
「聖は誘引体質なのよ」
視聴覚室に聖を残して、家庭科室に入り腰をおろすと、華澄が聖の体質について話してくれた。
「誘引体質っていうのは、文字通り、妖を引きつけやすい体質のことよ」
なんでも、奥乃家の人間の三分の一は誘引体質らしい。
その由縁は未だに謎だが、この体質を持つ者は、大抵聖のように妖の気にあたりやすく、霊に好かれやすい者が多いという。
「聖はね、妖にとってごちそうなのよ。目の前にあると、どう抗ったってふらふら寄っていかずにはいられない。妖にとって、結界が目に入らないほど、魅力的な存在なの。」
この体質を使って、妖を結界の中におびき寄せ、捕らえる。
確かに分かりやすくて効果的な方法だった。
しかし、失敗することはないのだろうか。
「……本当に食べられたりしないのか」
華澄は小さく首を横に振った。
「失敗して、とりこまれた退魔師もいるわ」
礼太はこくりと息をのみ、壁越しの聖を思った。
視聴覚室の電気は消してある。
今、聖は暗闇の中で何を思っているのか。
怪奇現象連発の校舎らしいが、夜の学校の不気味さがただようだけで、これといって何もなかった。
教頭は家庭科室と視聴覚室の鍵を開けてくれた。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
華澄は礼の後に、教頭を見上げて付け加えた。
「今から仕事に入ろうと思います。何があるか分からないので、わたしたちが戻るまでけして二棟には入らないでください」
「ああ、わかったよ」
教頭はうなづいた後、なにやら心配そうに聖の方をみた。
学校の教員としては、子どもにこんなことをさせるのがいたたまれないのだろう。
特に聖は小学校高学年にしてはかなり小さいし、どう考えても具合が悪そうだ。
しかし、どうすることもできないと心得ているのか、意味深な一瞥を向けただけで、礼太たちに背を向け、戻って行った。
「さぁてと、中に入ってみますかね」
裕司が先陣をきり、視聴覚室の中へと入って行った。
短い階段を登った先にある電気のスイッチをなんのためらいもなくぱちっと押す。
急に目の前が明るくなって、礼太は目を細めた。
「なんか、綺麗な部屋だね」
聖のつぶやきに、礼太はうなづいた。
視聴覚室は、テレビで見る大学の講義室のようなていをなしていた。
部屋全体がなだらかな坂になっており、前のスクリーンに向かって机と椅子が設置してある。
礼太の中学校には、こんな部屋はない。
「なんか、変わんねぇな」
裕司がぽつりと言った。
「他と比べて特に妖気が濃いって感じは全然ない、この部屋」
礼太にははなから何も感じられないので、何とも返しがたかった。
「聖、このへんでいいかな。」
華澄が椅子の後ろに立って、聖に尋ねた。
「うん、ドアからも近いし」
華澄はうなづき、斜めがけしていたポシェットの中から白いチョークを取り出した。
そして、半径1メートルくらいの円を驚くべき正確さで床に描く。
「何してるの?」
尋ねると、
「結界かいてんの」
とそっけない答えが返ってきた。
結界………?
礼太はただのまるにしか見えないそれをしげしげと眺めた。
華澄はチョークの粉は手を叩いてはらうと、すっと立ち上がった。
「さ、あとは聖、任せたわ。わたしたちは隣の家庭科室にいるから」
驚く礼太を尻目に、聖がこくりとうなづく。
「なんかあったら電話するか大声あげる」
「ちょっ、なんで聖だけ?」
わけが分からず声をあげる礼太に、華澄は首をすくめてみせた。
「結界の中に心霊現象の元凶をおびきよせるためよ。全員いたら来ないかもしれないでしょ。」
「………つまり、囮?」
「そうよ」
あまりにあっけなくうなづく華澄に礼太はあんぐりと口を開けた。
「兄さん、大丈夫だよ。慣れてるから」
聖が結界の中に入り、にこりと笑っていった。
「うちに伝わるちゃんとした戦法の一つなんだよ。」
「でも、囮なんてもしも何かあったら…」
聖だけで、危険ではないのか。
ただでさえ具合が悪そうなのに。
「あー、はいはい。でも、じゃねぇよ。」
礼太の言葉を遮ったのは裕司だった。
心なしか冷たい目が、礼太を見下ろす。
「華澄と聖はプロだ。経験もそれなりにある退魔師なんだよ。二人のやり方に対して、これまで家業に関わらずのほほんと生きてきた奴が口出しするなんておかしいだろ」
カッと頭に血がのぼるが、裕司の言うことはもっともで、礼太はうつむくことしかできなかった。
「聖は誘引体質なのよ」
視聴覚室に聖を残して、家庭科室に入り腰をおろすと、華澄が聖の体質について話してくれた。
「誘引体質っていうのは、文字通り、妖を引きつけやすい体質のことよ」
なんでも、奥乃家の人間の三分の一は誘引体質らしい。
その由縁は未だに謎だが、この体質を持つ者は、大抵聖のように妖の気にあたりやすく、霊に好かれやすい者が多いという。
「聖はね、妖にとってごちそうなのよ。目の前にあると、どう抗ったってふらふら寄っていかずにはいられない。妖にとって、結界が目に入らないほど、魅力的な存在なの。」
この体質を使って、妖を結界の中におびき寄せ、捕らえる。
確かに分かりやすくて効果的な方法だった。
しかし、失敗することはないのだろうか。
「……本当に食べられたりしないのか」
華澄は小さく首を横に振った。
「失敗して、とりこまれた退魔師もいるわ」
礼太はこくりと息をのみ、壁越しの聖を思った。
視聴覚室の電気は消してある。
今、聖は暗闇の中で何を思っているのか。