幻桜記妖姫奧乃伝ー花降る里で君と
深いため息が聴こえたかと思うと、華澄の肩がガクッと下がった。


「二階から天井突っ切って生徒が落ちてきたって聞いた時点で嫌な予感はしたのよ。だってそんな素っ頓狂な怪奇現象、慈薇鬼がらみ以外で聞いたことないもん………二年三組に落ちてきた七組の生徒ってあんたなのね?慈薇鬼 希皿。」


否定も肯定もしない希皿には構わず、華澄は続けた。


「今日この学校の敷地に入った時、下調べした時ほど強い妖気を感じなかった。大方、あんたが大部分の妖力を削いでたんでしょ」


「そーいうこと」


希皿でなく、雪政の方が答える。


「まぁ、詳しいことは想像に任せまぁす、じゃ、俺たちはこれで」


あっけにとられる礼太たちをよそに、雪政が希皿の腕を掴みとんずらの態勢をとる。


一番はじめに我に返った華澄が叫んだのは、二人の姿が扉の外へ消えて数秒してからだった。


「待ちなさいよ‼あんたら不法侵入じゃない、校長先生に突き出してやる‼」


物凄い勢いで駆け出す華澄に、礼太はあんぐりと口を開けて、聖を見た。


「どうしたの華澄……仲悪いの?」


「めちゃくちゃ悪い。華澄だけじゃない。奥乃家と慈薇鬼家は長いことずっと敵対してる」


裕司がイライラした口調で言った。


慈薇鬼家。


「慈薇鬼家は奥乃家と同じ、妖退治を生業とする家だ。ただ歴史はあっちの方が長い。奴らが主張するには、飛鳥時代にはすでにあったんだと」


古いからなんだと言いたげな心底馬鹿にした口調は、なるほどよっぽど嫌っているのだろうと思わせた。


「やつらはそれが自慢なんだよ、お前ら奥乃なんざほんのひよっこだと言いたいんだよ。なんやかんやとこっちのやり方を否定してくるわ、目の敵にしてくるわで最悪だよ。」


しかし、今は華澄の方が慈薇鬼家の人間らしい二人を追いかけ回している。


ようはお互いさまということだろう。


「あ"ーもうっ、なんて逃げ足早いの!」


しばらくするとぷりぷりした華澄が足音も荒く戻ってきた。


「そりゃ、透過体質だからな。行き止まりを知らない奴ら相手に鬼ごっこは無理だろ」


「透過体質?」


「そ、透過体質。さっき五日前に天井すり抜けたのは慈薇鬼 希皿だって言ってただろ。慈薇鬼の奴らの中には、物質を空気みたいにすり抜けられる人間が稀にいるんだ。今はあの二人だけみたいだけどな。」


そんな超能力みたいなものがこの世に存在するとは。


目を丸くする礼太に、裕司は困ったように微笑んだ。


「ほんとに何も教えられてないんだな。家族のほとんどは退魔師だってのに、怪奇的なことに対して免疫なさすぎ」


「そういえばっ、兄貴めちゃめちゃ叫んでたじゃん!あれいったい何があったの。びっくりしたんだから」


忘れていた自分に驚いたが、家庭科室で目撃した首がとれる男のことを話した。


「なぁんだ、そんなこと?」


華澄が笑った。


「あれ、ずっといたのよ。わたしたちが視聴覚室に向かう前から。人がやきもきしながら待ってるってのにゴトン、ゴトンって首落としまくって。害はなさそうだから、ほっといたんだけど」


そうなの、と間抜けな声を出す礼太に、華澄がにやにやと笑いかけた。


「兄貴にも霊みえたのね、ウルトラにぶちん卒業じゃない?」


ウルトラにぶちんって何だ。

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