幻桜記妖姫奧乃伝ー花降る里で君と
聖に視聴覚室で悲鳴をあげた理由を尋ねると、少し恥ずかしそうな笑みが返ってきた。


「別に何でもないことなんだ。……暫らく結界の中に座ってじっとしてたら何かぼんやりしてきちゃって、気がついたら周りを霊に囲まれててびっくりしちゃったんだ。」


礼太からすれば悲鳴をあげて当然のことのように思われるが、聖にとって霊は身近な存在だ。


怯えを感じてしまったことが恥ずかしいらしい。


「姉さんたちが駆け込んできて、すぐに兄さんの悲鳴が聴こえたんだ。慌てて廊下に出たら二年三組に入ってく兄さんの後ろ姿が見えて後を追ったんだけど、どうしてもドアが開かなくて中に入れなかった。」


「蹴破ろうとしてもびくともしないからびびったよ」


裕司が笑った。


「兄貴、腰抜かしてたって希皿の奴は言ってたけど、ほんとに大丈夫だった?」


心配そうに聞いてくる華澄に、礼太の頭に一瞬妖の姿がちらついた。


すぐにその残像を振り払い、笑ってうなづく。


「平気。なんか、眠ってたみたい」


「はぁ?眠ってたって。あの状況で眠れるとかどんだけ神経図太いのよ」


心底あきれる華澄に、曖昧な笑みを返すことしかできなかった。


隣でくすくすと笑っていた聖がふと顔を曇らせた。


「兄さん、これどうしたの?血が滲んでる」


聖がそっと触れた腕に、ずきりと痛みが走った。


見ると確かに、シャツがちょっとだけ赤く染まっていた。


袖をめくり、礼太はぞっとして顔を引きつらせた。


礼太の片腕に刻まれていたのは、くっきりとした歯型だった。


小さな歯型で、せいぜい5、6才の子供を連想させる歯型。


青くなる礼太には気づかず、裕司が興味深げにしげしげと歯型を眺めた。


「くっきりしてんなぁ、人間の歯型だな。それか人型の妖。噛まれたの?」


質問に対し、わからない、と小さな声で答えると、


「だよな、寝てたんだもんな」


と笑われた。








どういうことだ。


あれは………夢じゃなかった?



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