幻桜記妖姫奧乃伝ー花降る里で君と
華澄は封筒を校長の方に押し返した。


「もう心配はありません。しかし、今回の件は、私たちの力がなくとも自然とおさまる類のものだったので、謝礼はいただけません。」


手数をかけたことにかわりはないと柔らかな笑顔で返す校長を、華澄は強固に拒否した。


「いただけません」


どうやらけじめというよりは、華澄のプライドが許さないらしい。


「貰っときゃ良かったのに。こちとらガソリン代もただじゃないぜ」


帰り、不服そうに言う裕司に華澄がうろんな目を向けた。


「ちっさいこと言わないでよ。虚しくなるじゃない」


あの二人に仕事を横取りされたこと、まんまと逃げられたことが悔しくてたまらないらしい。


「慈薇鬼 希皿は姉さんの宿敵なんだ。姉さんが勝手に言ってるだけだけどね」


隣に座る聖がくすくす笑いながら耳打ちしてきた。


さっきまであんなに具合が悪そうだったのに、今は至って平気のようだ。


「それにしても、大元の妖が消滅した時の衝撃はやばかったな。あれで力を慈薇鬼のガキに削がれてたんだろ。よっぽどの妖だったんだな。」


「魔だったのかな?」


つぶやく聖に裕司は曖昧な声で返した。


「かもしれない。あいにく俺も、魔と遭遇したのはチビの頃に一回きりなんだよ。」


「衝撃って?」


聖に尋ねると、一瞬きょとんとされた。


え?なんでそんなこと聞くの?と言いたげだ。


「何にも感じなかった?あそこに淀んでた霊や念が一気に霧散していく感じ」


なんともこたえがたくて、うつむくと、助手席から愉快げな笑い声が車内に響いた。


「やっぱ、にぶちん卒業してなかったか。普通は何かしら感じるものなんだけど」


「ある意味才能だな」


裕司のいらぬ一言に、本日何度目かのムカつきを覚える。


「強い妖の周りには、霊が集まる。加えて念が増幅される。念っていうのは、言うなれば空間に刻みこまれた感情。たとえば兄貴がみた首落下男も念だった。おそらくあそこで誰かが死にたいって思ったのよ。それか誰かの首が取れるとこを想像した。増幅された念は幻覚となり、時には実害となって現実の世界に現れるの。霊は念の一種だって説もあるわ。とにかく、妖によって増幅された念は、妖がいなくなればこの世に存在する力は残ってないってわけ」


華澄はこうやって、時々思い出したように講義を加えてくれる。


からかいながらも、ちゃんと修行のかたちをとってくれているのだ。


「……へぇ」


気の抜けた返事が気に入らなかったらしく、振り向いた華澄がキッと睨みつけてくる。


「………兄貴の……あほ」


言うにこと欠いてあほ、とは。


なんとも返し難く、微妙な顔をする礼太を見て隣の聖がおかしそうに笑った。







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