幻桜記妖姫奧乃伝ー花降る里で君と
叔父さんの音を聴き取ったらしい聖は礼太の手を引っ張って客間に駆け込んだ。


「見ないうちに随分大きくなったなぁ。いやぁ子どもの成長は早い」


父の兄、勝彦叔父さんが愉快げに笑って聖の頭を撫でた。


叔父さんは帰ってくると、他の親族からは距離をとってもともと自分の部屋として使っていたらしい小さな客間の一つに荷物を置く。


勝彦叔父さんは普段は遠いところに住んでいて、滅多に帰ってこない。


叔父さんお気に入りの聖は、久しぶりに大好きな叔父さんに会えて嬉しそうだ。


「あのね、こないだの身体測定で5センチ伸びてたんだよ」


大人の前ではしっかり者として振る舞う聖も、叔父さんの前ではいっぱしの子どもとして無邪気に甘える。


そうかそうかと微笑む叔父さんの瞳は、本当に嬉しそうだ。


「礼太はちょっと声が変わったな。寂しいなぁこうやって大人になっていくんだなぁ」


「はい……まぁ」


「ははっ、礼太はクールだなぁ」


聖のように利発に対応出来ない礼太にも、叔父さんは優しく笑ってくれる。


優しい叔父さん。


でも、叔父さんは怒らせたら怖い人だと、礼太は直感的に思う。


それは、父が礼太たち兄弟を叱る時に見せる怖さとはまったく別の怖さ。


得体が知れない、というのだろうか。


たとえば、親戚の人たちと言葉をかわす時の笑顔。


たとえば、実の妹であり、一家の長である華女を見るときの眼差し。


おっきな体におっきな目がひょうきんな叔父さんのことを嫌いではないけれど、時々その気配に言いようのない怖さを感じて、ぞくりと身が震えるのだった。


「兄さん、すみません。相手をさせてしまって」


「いやいや、わたしが相手をしてもらってたんだよ。なぁ、聖」


礼太はほっと息を吐いた。


父がいると、安心からか叔父に感じる妙な恐怖が和らぐのだ。


「父さん、叔父さん、兄貴に聖。皆もう集まってるよ。」


若干乱暴な勢いでふすまを開け、入ってきたのは華澄だ。


紅色の着物に身を包んだ姿は、どことなく華女に似ている。


しかし、茶色くなびく、くるくるふわふわした長い髪の毛がわたしは華澄よ、と主張している。


「おお、ごめんごめん。いやぁ華澄ちゃんも見ない間に別嬪になって」


「おだてても何もでないわよ」


慣れた調子で返しているが、少々気分は上を向いたようだ。


頬が緩んでいる。


「華澄、聖」


不意に父が二人を呼んだ。


二人の顔がはっと引き締まる。


ああ、ついにか、と礼太はげんなりした。


恐れていた、土曜日の晩餐の始まりだ。
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