幻桜記妖姫奧乃伝ー花降る里で君と
胸がいっぱいだった。


愛おしさがこみ上げる。


この美しい光景への愛おしさなのか、何なのか。


それは礼太にも分からぬことだったが、涙はとめどなく溢れた。


おかえり、と桜の大樹が囁いた気がした。


ずっと自分のことを待ってくれていたような、不思議な感覚。


「ただいま」と呟いたのは、意識してのことではなかった。


幹に近づきそっと触れると、確かな感触が伝わってきた。


頬を寄せると、木の息づかいが聴こえてくる。


寄り添うと、まるでその広い懐に抱かれているような安堵があった。


目をつぶり、やわらかな笑みを浮かべる。


どれほどそうしていたのか、ふと人の気配がして礼太はハッと飛びのいた。


「……どうやって入った」


そこには驚きの表情で礼太を見つめる背の高い少年がいた。


慈薇鬼 希皿だった。




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