幻桜記妖姫奧乃伝ー花降る里で君と
「あんた、学校さぼってきたんだ」
「君だって」
「俺は親父公認だし、いいの」
二人はなぜか桜の下に腰をおろし、ぽつりぽつりと会話を重ねていた。
「慈薇鬼くんは……」
「希皿でいい」
「きっ、希皿はよくここに来るの」
予想外のことを言われて声が裏返る。
礼太は恥ずかしさのあまり赤面した。
「よく来るよ。落ち着くからな」
希皿は気にする様子もなく、無表情で答えた。
「この桜、綺麗だね」
「ああ」
「なんでこんな時期に咲いてるの」
尋ねると、妙な顔をされた。
「あんたってさ……まぁ、いいや。これは本物の桜じゃない。幻の桜、幻桜だ」
「げんおう?」
「そう、幻桜。呪術によって創られた幻影だ。だから一年中満開だし、枯れることを知らない」
「幻影……でも、さわれたよ、木肌の感触がしたし、息遣いも聴こえた」
「……それも幻だ。あんたがここにあると思って触れるから、触れた気がしただけだ。本当はさわれない。触れたっていう錯覚があるに過ぎない。」
いまいち納得が出来ないという顔をする礼太に、希皿は片眉をつりあげて見せた。
「あんた奥乃家の人間だろ。それも雪政の情報網が間違ってなけりゃ次期当主だ。呪術が施された匂いを感じないのか」
「僕は役立たずだから。奥乃家の人間だけど……次期当主だけど『力』がない。退魔師じゃないんだ」
こんな風に話せる相手が今までいなかったので、礼太はなんだか変な感じがした。
くすぐったくもあった。
「でも、あんた昨日『退魔』してたじゃないか」
「え?」
礼太は希皿を見て、その瞳がひどく冷たいことに顔を引きつらせた。
「俺の目の前であの水妖を殺っただろ。奥乃家のくそ忌々しい遣り方そのもので。あれは『力』のない人間にできる芸当じゃない」
「そんな……昨日退魔をやったのは君でしょ、自分でそう言ってたじゃないか」
引きつった笑みを向けると、希皿は静かに首を横に振った。
「あれはお前がそう言って欲しそうにしてたからだ」
そして、礼太が聞きたくないことを、無きものにしようとしていた現実を突きつけた。
「アレを殺したのはあんた」
「……うそ」
「嘘じゃない、んな嘘ついてどうすんだよ」
「だって、僕にはほんとに力はないんだ。」
「妖と遭遇した拍子に出てきたってことはないか。十分にあり得ることだ」
「だって、そんなの…」
頭を抱えて、かぶりをふる。
もしあれが現実であったなら、礼太は子供殺しだ。
残忍な方法で幼い子を殺めた異常者だ。
たとえ妖であろうとも、あれはあんなにもいとけない瞳をしていたのだから。
「……何がそんなに嫌なのかはわかんねぇけどさ、事実は変わらないから。仮にあんたには潜在的に力があって、あんたもあんたの家族も気づいてないならそれは大問題だ。はっきりいってこっちの煩いの種が増える」
こっち、というのは慈薇鬼家のことだろうか。
「なんで」
「なんでだって」
顔をあげると、希皿は立ち上がって礼太を見下ろしていた。
先ほどまでの優しげな雰囲気は完全に霧散している。
「あんた、自分の家のこと分かってないんだな。」
希皿はしばらく黙り込んでいたが、礼太のすがるような視線に気づくと、再び口を開いた。
「退魔師を生業にしてる家ってのはな、結構ざらにあるんだ。例えば俺の家みたいに。でも、あんたの一族は俺たちとは違う。あんたたちの使う力は……『魔力』だ」
ぞわりと、礼太の背中に寒気が伝った。
「…まりょく」
囁くように呟けば希皿はうなづいた。
「ふつう、俺たち退魔師が使う力は霊力だ。霊力ってのはな、魂の力だ。生き物には絶対に備わってるもの。退魔師っていうのはそれを自分の内側から引き出す才能があって、なおかつ使い方を心得ている者がなるものだ。だから先祖代々この家業を営んでおりますって奴らが多い。体質は遺伝するものだし、退魔のすべは親から子へ伝えるものだからだ」
「……僕の家はそれと何が違うっていうの」
希皿の言うふつうの退魔師の一族と、奥乃家のそれと、いったい何が違うというのだろう。
魂云々の話は初耳だが、奥乃家もまた力を血の繋がりによって継承し、一族の子供を幼い時分より鍛えることによって退魔師の技を伝えている。
希皿の話と段差のある部分は今のところ見えない。
「言ったろ、お前たち奥乃が使うのは霊力じゃない……魔力だ。『魔』は分かるか?『魔』と他の妖との違いも」
「なんとなくなら」
「そりゃ良かった。あんた、自分の妹の闘い方を見たことあるか」
「…ないよ」
華澄たちの仕事に同伴するようになって一ヶ月経つが、本格的な退魔には一度も遭遇しなかった。
けげんな顔をする礼太に、希皿は皮肉っぽい笑みで応えた。
「昨日のあんたと同じだよ、素手で切り裂くんだ」
はらはらと舞う花びらが、礼太の頬をなでた。
「あんたたちは霊力ではなく、『魔』が持つのと同じ力、魔力を使う。俺も親父に言われた時はよく分からなかったよ。それの何が問題なのかもわからなかった、今のあんたみたいに。でも、あんたの妹に……弟に遭って理解した。怖かったよ。明らかに俺たちただの退魔師とは相入れない存在だ。あいつらが持ってるのは人間の力じゃない。人間が持っていい力でもない。妹ははっきり言って化けもんだし、弟は得体が知れない」
勝ち気でしっかり者で、そのぶんお転婆がすぎてよく礼太を困らせる華澄。
でもほんとは誰より優しい子だ。
ほわんとしてて一見頼りないけど、誰よりも真っ直ぐで綺麗な瞳をした、笑顔のかわいい聖。
化けもんとは何だ。
得体が知れないとはどういうことだ。
人間ではないとでも言いたげな口調。
礼太の瞳に怒気が宿ったのが分かったのか、希皿はため息をついた。
「悪いな、やな話して。でも、あんたに力があって、その力を抑える術を知らないとしたら、それは大変なことなんだよ。」
「君だって」
「俺は親父公認だし、いいの」
二人はなぜか桜の下に腰をおろし、ぽつりぽつりと会話を重ねていた。
「慈薇鬼くんは……」
「希皿でいい」
「きっ、希皿はよくここに来るの」
予想外のことを言われて声が裏返る。
礼太は恥ずかしさのあまり赤面した。
「よく来るよ。落ち着くからな」
希皿は気にする様子もなく、無表情で答えた。
「この桜、綺麗だね」
「ああ」
「なんでこんな時期に咲いてるの」
尋ねると、妙な顔をされた。
「あんたってさ……まぁ、いいや。これは本物の桜じゃない。幻の桜、幻桜だ」
「げんおう?」
「そう、幻桜。呪術によって創られた幻影だ。だから一年中満開だし、枯れることを知らない」
「幻影……でも、さわれたよ、木肌の感触がしたし、息遣いも聴こえた」
「……それも幻だ。あんたがここにあると思って触れるから、触れた気がしただけだ。本当はさわれない。触れたっていう錯覚があるに過ぎない。」
いまいち納得が出来ないという顔をする礼太に、希皿は片眉をつりあげて見せた。
「あんた奥乃家の人間だろ。それも雪政の情報網が間違ってなけりゃ次期当主だ。呪術が施された匂いを感じないのか」
「僕は役立たずだから。奥乃家の人間だけど……次期当主だけど『力』がない。退魔師じゃないんだ」
こんな風に話せる相手が今までいなかったので、礼太はなんだか変な感じがした。
くすぐったくもあった。
「でも、あんた昨日『退魔』してたじゃないか」
「え?」
礼太は希皿を見て、その瞳がひどく冷たいことに顔を引きつらせた。
「俺の目の前であの水妖を殺っただろ。奥乃家のくそ忌々しい遣り方そのもので。あれは『力』のない人間にできる芸当じゃない」
「そんな……昨日退魔をやったのは君でしょ、自分でそう言ってたじゃないか」
引きつった笑みを向けると、希皿は静かに首を横に振った。
「あれはお前がそう言って欲しそうにしてたからだ」
そして、礼太が聞きたくないことを、無きものにしようとしていた現実を突きつけた。
「アレを殺したのはあんた」
「……うそ」
「嘘じゃない、んな嘘ついてどうすんだよ」
「だって、僕にはほんとに力はないんだ。」
「妖と遭遇した拍子に出てきたってことはないか。十分にあり得ることだ」
「だって、そんなの…」
頭を抱えて、かぶりをふる。
もしあれが現実であったなら、礼太は子供殺しだ。
残忍な方法で幼い子を殺めた異常者だ。
たとえ妖であろうとも、あれはあんなにもいとけない瞳をしていたのだから。
「……何がそんなに嫌なのかはわかんねぇけどさ、事実は変わらないから。仮にあんたには潜在的に力があって、あんたもあんたの家族も気づいてないならそれは大問題だ。はっきりいってこっちの煩いの種が増える」
こっち、というのは慈薇鬼家のことだろうか。
「なんで」
「なんでだって」
顔をあげると、希皿は立ち上がって礼太を見下ろしていた。
先ほどまでの優しげな雰囲気は完全に霧散している。
「あんた、自分の家のこと分かってないんだな。」
希皿はしばらく黙り込んでいたが、礼太のすがるような視線に気づくと、再び口を開いた。
「退魔師を生業にしてる家ってのはな、結構ざらにあるんだ。例えば俺の家みたいに。でも、あんたの一族は俺たちとは違う。あんたたちの使う力は……『魔力』だ」
ぞわりと、礼太の背中に寒気が伝った。
「…まりょく」
囁くように呟けば希皿はうなづいた。
「ふつう、俺たち退魔師が使う力は霊力だ。霊力ってのはな、魂の力だ。生き物には絶対に備わってるもの。退魔師っていうのはそれを自分の内側から引き出す才能があって、なおかつ使い方を心得ている者がなるものだ。だから先祖代々この家業を営んでおりますって奴らが多い。体質は遺伝するものだし、退魔のすべは親から子へ伝えるものだからだ」
「……僕の家はそれと何が違うっていうの」
希皿の言うふつうの退魔師の一族と、奥乃家のそれと、いったい何が違うというのだろう。
魂云々の話は初耳だが、奥乃家もまた力を血の繋がりによって継承し、一族の子供を幼い時分より鍛えることによって退魔師の技を伝えている。
希皿の話と段差のある部分は今のところ見えない。
「言ったろ、お前たち奥乃が使うのは霊力じゃない……魔力だ。『魔』は分かるか?『魔』と他の妖との違いも」
「なんとなくなら」
「そりゃ良かった。あんた、自分の妹の闘い方を見たことあるか」
「…ないよ」
華澄たちの仕事に同伴するようになって一ヶ月経つが、本格的な退魔には一度も遭遇しなかった。
けげんな顔をする礼太に、希皿は皮肉っぽい笑みで応えた。
「昨日のあんたと同じだよ、素手で切り裂くんだ」
はらはらと舞う花びらが、礼太の頬をなでた。
「あんたたちは霊力ではなく、『魔』が持つのと同じ力、魔力を使う。俺も親父に言われた時はよく分からなかったよ。それの何が問題なのかもわからなかった、今のあんたみたいに。でも、あんたの妹に……弟に遭って理解した。怖かったよ。明らかに俺たちただの退魔師とは相入れない存在だ。あいつらが持ってるのは人間の力じゃない。人間が持っていい力でもない。妹ははっきり言って化けもんだし、弟は得体が知れない」
勝ち気でしっかり者で、そのぶんお転婆がすぎてよく礼太を困らせる華澄。
でもほんとは誰より優しい子だ。
ほわんとしてて一見頼りないけど、誰よりも真っ直ぐで綺麗な瞳をした、笑顔のかわいい聖。
化けもんとは何だ。
得体が知れないとはどういうことだ。
人間ではないとでも言いたげな口調。
礼太の瞳に怒気が宿ったのが分かったのか、希皿はため息をついた。
「悪いな、やな話して。でも、あんたに力があって、その力を抑える術を知らないとしたら、それは大変なことなんだよ。」