幻桜記妖姫奧乃伝ー花降る里で君と
「もしあんたに力があって、昨日みたいな拍子に暴走したらどうする?そこにたまたま人がいたら。巻き込みかねないとは思わないか」


礼太はうつむいた。


自分に力があるとは思わない。


でも確かに昨日のあれが現実であったなら、それは恐ろしいことだ。


礼太にとっても、礼太のまわりの人たちにとっても。


あの、自分の中で何か得体が知れないものが蠢いている感覚。


所作のすべてを奪われ、自分では止めようもない暴走。


あの礼太の中で動いていたものが魔力とやらの正体なら、希皿の言うことは全くもって正論だ。


「……したらいいかな」


「なに」


「どうしたらいいかな」


「どうって……家のやつに、本格的に修行をつけてもらったらいいだろ。今んとこは仕事に同行してるだけなんだろ。」


「……なんでそんなこと知ってるの」


希皿が少し知りすぎていることに気づき、礼太はいぶかしんだ。


希皿は頭の上に降る花びらをはらいながら答えた。


「奥乃家の動向は常に監視されてる。奥乃のやつらとて周知のことさ。あんた結構有名人だぜ。奥乃の次期当主はまさかの出来損ないだって……」


への字に曲がりそうになる口を噛み締めて、礼太はやな衝動がおさまるのを待った。


「じいさんたちは不安がってる。当主は何を考えてる。華女は気が狂ったのかって」


「…華女さんが悪く言われてるの」


聞き捨てならなくて問うと、希皿は肩を竦めた。


「…華女は奥乃家の箍だ。華女は嫌われ者だが、一目置かれてもいる。華女っていう箍が外れた時、新たな箍が出来損ないじゃ心許ない。」


「……たが」


「ああ、箍だ。なぁ、なんであんたが次の当主に選ばれたんだ」


再び礼太の横に腰をおろした希皿は責めるでもなく本当に分からないんだ、というように尋ねてきた。


「昨日見たときは、やっぱこいつ普通に奥乃じゃねぇかと思ったけど、正気に戻った後びぃびぃ泣いてたあんたからも、今のあんたからも、これといって力を感じない。何でだ、なんかカラクリでもあるのか」


びぃびぃ泣いてたって。


遠慮のない言い方に心中苦笑いしながら、礼太は首を振った。


「知らないよ、僕だって何で『次期様』に選ばれたのかわかんないんだから。……華女さんは教えてくれないし」


今朝の怒りが悲しみとなって礼太を襲った。


気がついたら、溜まっていた鬱憤を吐き出すように、これまでのことを話していた。


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