幻桜記妖姫奧乃伝ー花降る里で君と
「お前さ、飯食わなくていいの。もう昼時だぜ」


空を見ても周りの木々に塞がれて太陽の位置が分からない。


お腹は空いてなかったが、暗にどっか行けと言われているのかなと勘繰って、礼太は立ち上がった。


「僕、行くね」


「学校に?」


「うん」


他に行くべきところもない。


君は行かなくていいのかと問おうとしたが、朝川中学のことに触れると話が昨日の件に飛びそうなので口をつぐんだ。


立ち上がったはいいがなんとなく離れ難い。


突っ立っていると、不信げな目を向けられた。


「君って一日中ここにいるの」


言い訳がわりにとってつけたように質問すると、


「ああ」


これ以上何も言うことはない、さっさと帰れ、と言うようにそっけなく返された。


「あの…」


「なんだよ」


礼太の煮えきらない態度が癇に障ったらしく、声に苛立ちが滲んだ。


それに若干ひるみながら、これだけは言っておきたくて、礼太は口を開いた。


「また来てもいい?」


希皿は礼太の顔を見上げると、おかしなことを聞いた、と言うように笑った。


「いいよ、別に。来れるならの話だけど」


確かに、希皿の言うとおり礼太がこの場所に来れたのは結界がほつれていたせいだとすれば、修正された暁には二度と訪れることはできないだろう。


カメラのシャッターを連写するようにぱちぱちと瞬きをして、桃源郷を目に焼きつけた。


「じゃあな、奥乃の次期様。いずれまた会うこともあるだろ。」


そう言うと、希皿は横になって目を瞑ってしまった。


「…うん、また今度」


確かに、ここに来られなかったとしても礼太が奥乃家の次期当主という立場で居続ける限り、会う機会はあるだろう。


普通に戻りたいのか、このまま家業に関わり続けたいのか、ますます分からなくなってしまった。


礼太はみじろぎ一つしない希皿を一瞥して、桜の大樹に背を向けた。






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