幻桜記妖姫奧乃伝ー花降る里で君と
「いやぁ、お久しぶり。お元気そうで何よりだ」
「こちらこそ、お会いできて嬉しいですわ」


「やっぱ本家って無駄にでっかぁい。金持ち臭やばいわ」
「こらっ、失礼なこと言わない」


「そちらの地方はどうですか。」
「いやぁどうにもね……」


舞禅の間と名付けられたそのやたら広い部屋には、長机がそれぞれ三列ほど並べられており、旅館の大宴会場さながらの体をなしている。


晩餐はもう始まっていた。


上座には一段上がった所に当主の座が据えられているのだが、肝心の華女さんはまだ来ていないようだ。


集結した親族一同はそれぞれ話に花を咲かせ、いつも以上に騒がしい。


土曜日は御目見得の日、と言っても親族皆同じ村に住んでいた封建時代ならいざ知らず、現在それぞれに仕事もある中で本当に訪れる者はそう多くはない。


毎週訪れるのはここら一体に住んでいる奥乃の者だけだ。


これほどの人数が集まるのは十数年ぶりだろう。


恐らく、華女が16代当主として名乗りを挙げたときが最後。


見たこともない分家の子どもたちが結構いる。


しかし、不思議なのは、誰一人として退魔師などという浮世離れした仕事をしている人には見えないことだ。


専門的に妖退治を生業としているのは本家と他三本柱と呼ばれる分家だけで、あとの人たちはあくまで副業としてこなしているということは知っているが、それにしてもだ。


(だいたい、どんな仕事なのか具体的には検討もつかないもんな)


本家の人間でありながらこの体たらく。


礼太は何度思ったか知れぬ感情が再びこみ上げてくるのを慌てて抑えた。


自分に妖を視る力があれば。


しかし、幾度考えたとて何かが変わるわけではない。


「礼太」


振り返れば、にこりと微笑むいつもより丁寧に化粧をした母がいた。


「何?母さん」


「ふふ、なんでもないわよ」


礼太はなんと反応していいか分からず、はぁ、と声を漏らした。


母にはこういうところがある。


三本柱の一つから嫁に来たのはもう随分前のことのはずだが、未だにお嬢様然としていて、いたずら好きの子どものようなのだ。


「もう行っていい?」


すでに上座の方に座っている兄弟たちの方を指すと、母はあらダメよ、とにっこりした。


「今日は礼太にはお仕事があるの」


それを聞いて、礼太は、ああと納得した。


いつもなら給仕の手伝いは華澄がやるところだが、今日は主役なのだ。


その手を煩わせるのは気が進まない。


「分家の叔父様方に灼をしてあげて。貴方の仕事はそれだけよ」


「……給仕の手伝いはしなくていいの?」


「ああ、それはいいのよ。手伝ってくれる人が今日はいっぱいいるの」


どこかいたずらっぽい笑みを浮かべる母に首をかしげる。


「さぁ、いってらっしゃい。にこやかにね」


うん、と神妙にうなづいて、さぁ愛想笑いの準備だと頬をぐにぐにした。








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