幻桜記妖姫奧乃伝ー花降る里で君と
春が遠ざかり、夏に向けて日がだいぶ長くなっている。


部活を終え、他の部員たちと別れて一人とぼとぼと辿る帰路もずいぶんと明るい。


こうやっていつも通りに歩いていると、今日一日の出来事が嘘であったかのように思われる。


確かにあの場所は存在したし、不機嫌な顔をした少年に出会ったのも本当のことだと頭では分かっているが、あの胸のつっかえがとれたようなひと時を疑いたくなるくらいには、今の礼太の心境は沈痛だった。


帰りたくない、と思っているのにまるで手綱を引かれているように礼太の足はまっすぐ家へと向かっていた。


思春期の人間が大抵目を逸らす事実。


結局、礼太は奥乃さん家の子供にすぎない。


子どもの時分である以上、帰る家があるのならそこに帰るしかないのだ。


それは恵まれたことだし、贅沢なことでもあるがやはり息苦しい。


今朝の自分の必死の訴えも、父の目には反抗期の子供がわめいているようにしか見えなかったかもしれない。


そう考えるともう笑うしかない。


華女は礼太が何度も『僕のことなのに』と言った意味を汲んでくれただろうか。


それともやはり、『まだ言えない理由』とやらに絡め取られて口を閉ざし、礼太を哀れむような目で見るだけなのだろうか。


華女にはきっと分からない。


礼太にとって、自分が次期当主である理由を知りたいという思いがどれほど切実なものであるか。


誰の目から見ても華澄と聖の方がふさわしいのに、礼太を選べば非難を浴びることは分かっていたはずなのに。


それでも華女は礼太を据えることを是としたのだ。


わけを話してほしい。


そのわけが華女を悩ませているのなら、その悩みを分かち合わせてほしい。


「……華女…さん」


綺麗で儚げでしたたかで優しい叔母。


華女は礼太にとって、両親や弟妹たちとはまた違う特別な存在なのだ。


人知れず苦しんでいるのなら、助けてあげたいのに。


礼太に何ができるわけでもないが、きっと力になる努力はするのに。


やっぱり自分は拗ねた子供にすぎないのだと、苦笑う。


仲間にいれてくれない、と拗ねてそっぽをむいているのだ。


電線の上でカラスが一羽、カァとお情けみたいなか細い声で鳴く。


胸に溜まったもやもやを吐き出すようにはぁー、と長いため息をついた。







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