幻桜記妖姫奧乃伝ー花降る里で君と
玄関から入ると、昨夜と同じように母が待ち構えていた。


ただし昨夜のような優しい雰囲気はきれいさっぱり消え去り、代わりに怒りのオーラがもうもうと背後から煙をあげている。


「…ただいま」


おずおずと声をかけると、


「おかえりなさい」


と低い声が返ってきた。


母がここまで怒っているのを見るのはほんとうに久しぶりだ。


お嬢さま育ちの母は滅多なことで怒りをあらわにしない。


それほど心配をかけてしまったということだろう。


視線に耐えかねて下を向くと、


「礼太」


と静かな声で話しかけられた。


「…はい」


「お母さん、とっても怒ってるわ」


「うん」


「何で怒ってるのか分かるかしら」


「うん…心配かけて、ごめんなさい」


礼太が顔をあげると、ほぼ同時に母が俯いた。


深く息をはくその表情はかなり疲れていた。


「もう…いいわ。疲れてるでしょうけど、お父さんが貴方を待ってる。帰ってきたら部屋に来るよう言ってくれって。話したいことがあるそうよ」


礼太はどきりとした。


心中の動揺を抑えるように唇を噛み締め、深くうなづいた。


「わかった。行ってくる」


「お話が終わったらお父さんと一緒に来てちょうだい。夕飯の支度はできてるから」


母の笑顔に、ほっと張り詰めていた糸が緩んだ。








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