幻桜記妖姫奧乃伝ー花降る里で君と
夕飯の後、礼太は父の書斎に向かう。


もちろん、父は多忙なので毎日ではない。


しかし、父はなるべく礼太のために時間を作ってくれているようだ。


和解した次の日から、父の特別講座が始まった。


妖が可視出来ずとも、知識をもっているに越したことはない。


父の講座も華女が妹たちの仕事に同行するよう命じた理由同様、妖退治そのものに役立つからと言うより、親戚連中並びにその他厄介な御仁方に揚げ足とられないための予備知識と考えているようだ。


……絡めとられるように次期当主の座から逃れる路を塞がれる。







「____妖霊には果たして実体があるのかないのか。妖霊は霊体の強い念と場の条件が揃った時のみあらわれるものだと考えられているが、それが真実であるかは微妙なところだ。便宜上、そういうことになっていると思っておいた方がいい。

さて、もとが霊であるなら実体があるのはおかしい。霊とは肉体から解離した魂および念、記憶などの総称だからな。しかし、我々は妖霊に触れることができる。あちらからも我々に触れることができる。困ったことにな。」


父の話を、必要だと思えばノートに書き込む。


礼太が丁寧に字を書き終わるのを待つと、父は微笑んだ。


「さあ、今夜は終わりだ。次は妖を使役する術について話そう」


「はい、ありがとうございました……あの、父さん」


「なんだ」


礼太は一瞬ためらったあとに、おずおずと言った。


「僕、部活やめようと思います」


父は固まって、礼太の目をまじまじと凝視した。


うつむいてしまいたかったがそれも出来ず、だんだん恥ずかしさが募ってくる。


父はふっと視線をそらすと、小さくため息をついて、礼太の方を見ずに言った。


「好きにしなさい。お前が決めることだ」


あきれているのだろうか。


礼太が投げ出すことを、恥じているのだろうか。


父の心は読めないまま、はい、とうなづいて礼太は書斎を離れた。




廊下に出れば、床は冷たかったが寒くはなかった。


夏が来る。

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