幻桜記妖姫奧乃伝ー花降る里で君と
「おじいちゃん、ご無沙汰してます」


丁寧に頭を下げると、母の父にして礼太達の祖父、三本柱筆頭七尾家の当座七尾 梅次は深い笑みを浮かべた。


「礼太、しばらく見ないうちに大きなったな。お祖父ちゃんはお前の顔が見れて嬉しいよ」


痩せていて小柄だがその眼差しは鋭い。


かつては、七尾の守護地にこの人ありと謳われた退魔師だったらしい。


今でも一族の中で無二の尊敬を集める存在であるが、孫の前ではその威厳もひとまず引っ込む。


「ほら、何が良いのかよく分からなかったから、こんなのを買ったんだ」


そう言って祖父が礼太に手渡したのは小さな包み。


「これ、なぁに?」


礼太が首を傾げると、祖父の横で控えめに座っていた祖母が微笑みながら答えた。


「パズルですよ。この人ったら礼太に何をお土産にしようかって散々悩んで、結局これに行き着いたの」


「お前は余計な口を挟むな」


むぅ、と顔を渋らせる祖父に、礼太はその日一番の笑顔を向けた。


「ありがとう、すっごく嬉しいよ」


途端に祖父の顔が緩む。


「うむ、完成したら見せておくれ」


「うんっ」


祖父は初孫の礼太が可愛くて仕方がないらしい。


それが伝わってくるからか、礼太は親戚一同の中でこの祖父が一番好きだった。


一番安心できる相手でもある。


「じゃあ、僕ほかの方たちにも挨拶してくる」


「ああ、つとめを全うしてきなさい」


大げさだな、と笑いながら、礼太は小さく頭を下げた。










これで挨拶は終わりだろうかと、さりげなく周りを見渡す。


……やはり、親戚が相手とはいえ、大人相手に挨拶してまわるのは疲れる。


上座の兄弟たちのもとへ行こうかとも思ったが、今日は一段と妹と弟がまばゆく見えて、隣に座るのは気が引けた。


調理場に顔を出すと、女の人たちが数名忙しそうに立ち回っている。


そのうちの一人である母は礼太に気づくと、きょとんとした顔をして、すぐに微笑んだ。


「あら、お疲れ様。どうしたの?」


「えっと…うん。ここにいていい?」


母は一瞬動きを止めた。


ついで首を傾げ、礼太に近づく。


どぎまぎしていると、母はついと後ろを振り返った。


「皆さん、ここはお願いしてよろしいかしら?」


「もちろんですわ、お嬢さま」


「もう、奥様とお呼びしなくちゃ。」


朗らかな笑い声が調理場内に響き渡る。


見ると、全員七尾の家の女性たちだ。


「さ、礼太、行きましょ」


母に優しい顔で微笑まれて、礼太はおどおどとうなづくしかなかった。


母が礼太を連れていったのは三つある列の真ん中の、一番後ろだった。


少しスペースが空いていて、大部屋の喧騒からは隔絶されている。


母は調理場から持ってきたおにぎりを礼太にさしだした。


「ねぇ、礼太。」


「なに、母さん」


口の中の米のせいで声がくぐもる。


どこか憂いを帯びた顔を見て、礼太の胸になんともいえない感情が広がる。



それはなんだか苦いものだった。


「礼太……気に病むんじゃないのよ」


「べつに病んでなんかないよ」


やけにすばやく返事をしてしまって、しまったと思うがもう遅い。


母の眼差しにことさら優しいものが滲む。


「礼太は礼太。あなたにしかできないこともある。この家に生まれたからといって、この家に沿った生き方をする必要はないわ」


たとえ必要があったとしても、自分には出来ない。


母を傷つけるような言葉を言いかけて、ぐっと飲み込む。


「わかってるよ、母さん」


にっこり微笑むと、母はどこか困ったように笑って、礼太の肩を撫でた。
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