幻桜記妖姫奧乃伝ー花降る里で君と
華澄が言ったとおり、しばらくすると一台の車がやってきて駅の横で止まった。


若干薄汚れた白い車体のドアが開き、中から50代前後と思しきおじさんが出てくる。


背が低い。


がに股気味でえっちらおっちら礼太たちの方へやって来ると、にいっと人の良さそうな笑みを浮かべた。


「どうも、こちらさんが奥乃さん家の坊っちゃんと嬢ちゃんかな」


礼太が一番年長であると判断したらしい彼は(大抵の人は華澄だと勘違いする)、ん?どうかね、とこちらが後ずさるくらいに顔を近づけてきた。


「あ、は、はい。そうです、えっと、あなたは……」


「私たちを辻さん宅へ案内して下さる橋本さんですね」


救いを求めるように横を見ると、華澄が礼太の言葉を引き継いだ。


「ああ、そうだ。辻のお嬢さんに頼まれてね……さぁ、乗ってくれ。一人は助手席だ。そんなに長くはかからない。少々込み入った道を通るがね」


礼太たちはおっかなびっくり車に乗り込んだ。


礼太が助手席に、あとの二人は後部座席に潜り込む。


車の中は煙草の匂いがした。


「悪いね、ちょっと臭いと思うがこらえてくれ」


橋本さんはすまなそうに笑ってみせて言った。


女房が吸うんだよ。


礼太は曖昧な笑みで応えた。







橋本さんはなんというか元気な人だった。


運転しながらずっとしゃべり倒している。


しかしけして不快ではなく、沈黙にならないだけ礼太は有難かった。


「それにしても君たちの親御さんも変わってるねぇ」


『俺の女房の失敗談』が終わると、橋本さんはふいに言った。


「田舎暮らしを体験させたいって言ったって、ここにゃあ本当に田んぼと畑と電柱ぐらいしかない。しかも、辻さんの家がある場所はまた別格だ」


どうやら依頼主は橋本さんに嘘を教えているらしい。


確かに依頼人の心情からすれば、退魔師
を雇ったなどと吹聴したくはないだろう。


心が病んでいるか、オカルトに染まっていると思われるのがオチだ。


「あの……でも楽しみです。その…ろいろ」


橋本さんは礼太のしりすぼみの言葉に笑いながら言った。


「まぁ、何事も経験だしな。どうせ夏休みの最初の数日だけだ。都会の子の目から見りゃあ、この辺鄙な地もちょっとはよく見えるかもしれん」


礼太たちの住む場所も都会というにはかなり無理があったが、否定する意味も見出せず、まぁいっか、とうなづいた。






まもなく、辻さんの家が山の中にあることが分かった。


舗装された道をぐるぐるまわって、辿り着いたその家はまさしく『自然の真っ只中』にあった。


橋本さんが別格だと言ったのもうなづける。


蔦の絡まったその家はとても大きかった。


まわりは木に覆われ、朝だというのに薄暗かったが、屋根だけは空めがけてしっかり日光を浴びているようだ。


家というより、屋敷と言った方が正しいかもしれない。


古びた洋館。


雰囲気たっぷりな様子に礼太はげんなりした。




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