幻桜記妖姫奧乃伝ー花降る里で君と
橋本さんがチャイムを鳴らすと、しばらくしてからゆっくりとドアがあいた。


白髪を一本の三つ編みにした上品な年配の女性がおずおずと顔を出し、橋本さんを確認するとにっこりした。


「あら、いらっしゃい」


そして、後ろの子供三人に目を向けると、心底不思議そうな顔をして首を傾げた。


「この子たちは?」


女性は優しげな笑みを礼太たちに向けながらやわらかな声音で橋本さんに尋ねた。


「どうって……辻さんの親戚のお子さんらだと奈帆子さんから聞い取りますが?夏休みのはじめをここで過ごすから駅まで迎えに行って欲しいと頼まれて連れてきたんです。」


状況をまったく理解していないらしい彼女は再び首をかしげて困ったような顔をした。


「まぁ、奈帆子が?あの子ったら……何も聞いてないわ」


兄弟はお互いに顔を見合わせあって肩をすくめた。


家族の合意が得られないまま、退魔師を雇う人は結構ざらにいるのだ。


「奥様、突然お邪魔して申し訳ありません。」


華澄が一歩前に踏み出しにっこり微笑んだ。


今日の華澄は大人びたクリーム色のワンピースを着ており、営業スマイルの効果も抜群だ。


「私たち、『奧乃』と申す者です。奈帆子さんにお伝えいただければ分かると思うのですが、ご在宅でしょうか。」


老婦人は目をぱちぱちさせた。


この子、いくつぐらいなのかしら、と推し量りかねているようでもあった。


「ええ、おりますわよ。ちょっと呼んできます。どうぞ、お入りになって。ここで立ち話はなんですもの」


「あー、それじゃ、私は帰らせていただきますよ。よろしいかな」


老婦人はまた困ったような顔をした。


「まあ、そんなにお急ぎにならなくても……だって、この子たち」


確かに、事情が分からないままに見知らぬ子供三人を玄関にぽっと捨てられたまま帰られては処遇に困るだろう。


「いやぁ、奥さんすみません。わたしゃ、どうしても外せない用事があってね。じゃ、嬢ちゃん、坊っちゃん、折角の夏休みだ、楽しむんだよ」


それだけ素早く言うと、橋本さんは大急ぎで車に乗って山を下って行ってしまった。


残された四人にしばし気まずい空気が流れたが、気をとりなおした女性が微笑みを取り戻し、三人を手招いた。


「さぁ、こちらへ。居間へ案内しますわ」
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