幻桜記妖姫奧乃伝ー花降る里で君と
「なんですって」


囁きかけるような声だったが、明らかに冷気を纏っていた。


「だから、退魔……」

「お祓いなんて必要ないって言ったじゃない‼」


突然母親の方が声を荒げ、礼太はびっくりして飛び跳ねた。


隣の聖が「ひっ」と短く悲鳴をあげる。


「嫌よ、冗談じゃない!もう随分我慢したじゃない。私たち限界なのよ、そりゃママは良いかもしれないけど」


奈帆子の方も負けじと声を張り上げる。


お互いに肩をいからせて睨みあう親子に、すっかり外野の三人は顔を見合わせた。


これは割って入るべきなのか。


「どうしたんだ、大きな声をだして」


のんびりとした調子で入ってきた年配の男の人は、礼太たちに気づくと何やら気まずげな顔をした。


多分、この家の主人だろう。


白髪の女性の夫だ。


いまいち現状を把握出来ない礼太たちを尻目に妻に向かってあわあわと何かを言い始めた。


「いや、なに、幸恵、頼むから怒らないでくれ。これはお前のことも思っての……」

「まぁ!あなたもぐるなのね?」


ますます高くなりヒステリーが混ざりはじめた声に、礼太はここにいることが急に後ろめたくなって耳を塞ぎたくなった。


「大丈夫だよ、信頼できる人のお墨付きを貰ってるんだ、何でも……」

「ちょっと待って」


困惑して縮こまっている礼太たちにすまなそうに微笑みかけながら、妻にとうとうと話す父親の言葉を、奈帆子が遮った。


顔には訝しげな色が浮かんでいる。


「ちょっと、なんで私が退魔師を呼んだこと知ってるのよ」


娘の言葉に父親はきょとんとした。


「へ?なんでお前が退魔師のことを知っているんだ?」


「だから私が呼んだのよ、奥乃家っていう昔っからそういうの専門にやってる人たちを雇ったの」


主人の顔にちらりと焦りがよぎるのを、礼太は確かに見た。


礼太たちを振り返り、おずおずと微笑みかけてくる男性に兄弟は居心地の悪さを感じてもぞもぞした。


彼はそれを知ってか知らずか、まるで五歳児に話しかけるような柔らかな声でこう尋ねてきた。


「あー……君たちは、慈薇鬼家の退魔師さんらでは?」


口が間抜けにぽかんと空いた。


思いがけない名前に遭遇してどう反応すればいいのかわからなかった。


華澄も同じのようだ。


「……違います」


答えたのは一番冷静な末っ子だった。


聖の言葉の余韻に重なるように、玄関の呼び鈴が屋敷中に響いた。




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