幻桜記妖姫奧乃伝ー花降る里で君と
時間が一瞬止まったみたいに、しばらく誰も身動きしなかった。


沈黙を破るように奥さんが部屋を飛び出し、我に返った夫が慌ててその後を追う。


残った奈帆子は心底めんどくさげな顔をして、あーあ、と言った。


「ったく、ママったら、パパもパパだけど」


どさっと礼太たちが座っていたのとは反対側にあるソファに腰かけ、自分が雇ったガキンチョどものことなど歯牙にもかけぬ様子であくびをした。


玄関の方で奥さんがまたしても叫んでいる。


帰ってちょうだい、お祓いなんか必要ないわ、帰って……帰れ‼


こら、いくらなんでも失礼過ぎるだろう


奥さんのヒステリーとそれをなだめる旦那さんの声が高い天井に響いて良く聴こえる。


退魔師などと云う胡散臭い職業を嫌う人はどこにでもいる。


しかし、奥さんのそれはいくらなんでも凄まじい嫌がり方だ。


答えを求めるように奈帆子を見てみたが、形の良い足を組みかえながらことが収まるのをただ待っているようで、礼太たちに説明らしき説明をする気配はない。


「あんたらも座れば?」


顎でくいっとソファをさされて、兄弟はまたいそいそと元の位置へ戻った。


華澄は気に入らないだろうなと思ったが、驚いたことにひどく愉快げな顔をしている。


そのうち奥さんの声と気力が枯れてきたのか、旦那さんのなだめすかしが効いたのか、叫び声は聴こえなくなった。


疲れた様子で戻ってきた旦那さんは、奥さんではなく中学生くらいの少年と二十歳前後と思しき青年を伴っていた。


「いやぁ、すまないね。ここは狭いからちょっと部屋をかえようか」


愛想のいい声で取り繕うように言う旦那さんの背中ごしで、礼太たちの存在に気づいた希皿が目を見開く。


らしくない表情の希皿に、礼太は弱々しく微笑みかけた。
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