幻桜記妖姫奧乃伝ー花降る里で君と
辻家は、一年ほど前から家鳴りに悩まされるようになったらしい。


「風が吹いているわけでもない、誰かが飛び跳ねているわけでもないのに、ギシギシと家が音を建てる。はじめは特に気にならなかったんだがね。立地条件が良いというわけでもないので、こういうこともあるだろうと。」


しかし、家鳴りは時々堪え難いほどに大きくなった。


夜中、その音に驚いて飛び起きることもあると言う。


まるで家が生きているように感じられて気味が悪かった。


しかし、家鳴りぐらいならそれほど騒ぐことでもない。


気づけば無視できないほどの怪奇に囲まれていた。


誰かの笑い声が聴こえる。


物の置き場所が、いつの間にかかわっている。


とてとてっ、と子供の足音のようなものが聴こえる。


「うちに子供はいない。一回くらいなら忘れられるが、これが日常になってもらってはたまらない。」


そして三ヶ月前くらいから、決定的なことが起こり始めた。


真夜中に目が覚める。


身体は金縛り。


すると扉を開けて、影がするりと入ってきて、身動きがとれない身体にすっとまたがり、白い指で首をしめてくる。


そのときは苦しいような気がするのだが、朝起きると何ともないし、首に痕も残っていないと言う。


「それは旦那さんだけですか」


華澄が尋ねた。


「わたしはないわよ。ママは……よくわかんないけど多分ないでしょうね」


「その影がどういう姿をしているのかは分かりませんか」


この時希皿がはじめて口をきいた。


旦那さんは難しい顔をして唸った。


「どうも分からないんだ。最近は部屋の電気をつけて寝てるんだけど、姿がはっきり見えたことはない。それが来ると、まるで周りの空間が取り込まれてしまったみたいに暗くなって、しまいには首を締めてくる。ただ真っ白い手が浮かびあがって……」


思い出してぞっとしたのか、旦那さんはぶるっと体を震わせた。


「他には何か?」


事務的な口調で尋ねた雪政に答えたのは奈帆子だった。


「猫が殺された」


「……猫?」


「そう、うちで10年飼ってた猫。いい加減ばあさんだったけどね」


礼太はそのとき、はじめて奈帆子の顔にふてぶてしさ以外の何かを見た。


「血をね、抜かれてたの。酷い有様だった」


ぞわっと身の毛がよだった。


兄弟たちの体がこわばるのも感じた。


希皿だけが、奇妙に無表情だった。


「血を抜かれてた……?」


囁くように言った聖に、奈帆子は子供のようにこくりとうなづいた。






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