幻桜記妖姫奧乃伝ー花降る里で君と
「血を抜かれて死んでいたのはその猫だけですか。敷地の周りで同じような状態の動物を見たことは?」
華澄が身を乗り出すようにして尋ねた。
その勢いに旦那さんは一瞬たじろいだが、すぐに首を横に振った。
「いや、雫……猫の名だがね……雫以外の動物があんな風になってるのは見たことがないよ」
張り詰めていた華澄の表情が少し緩んだ。
そんなに今の話が恐ろしかったのだろうか。
「とにかく、わたしたちはこれ以上耐えたくはない。引っ越しも考えてたんだが、引っ越し先で同じことが続いても困るし……何より妻が嫌がるんだ」
「奥さんが?」
退魔師の訪問に対してもえらい嫌がりようだったが、何かあるのだろうか。
少し口ごもる旦那さんに代わって、奈帆子が答えた。
「ママはね、この一連の怪奇現象は、兄さんが起こしてるものだと思ってる」
至極めんどくさげな口調に反して、顔はなぜか苦々しげに歪んでいた。
「わたしより四つ年上の兄さん、名前は隼人。14歳の時に死んだの、この山で」
「妻は、隼人が家族のもとに帰ってきて、そのことに気づいて欲しいからいたずらをしているだけだと言うんだよ。」
これで分かった。
奥さんから見れば礼太たちは、可愛い我が子を祓おうとする悪者なのだ。
あたたかく迎えてくれるはずもなかった。
旦那さんがため息をついて言った。
「しかし、隼人だったらわたしの首を締めたり、猫を殺したりするはずない。……優しい子だったんだ。本当に優しくて、真面目で優秀で明るくて……」
時が経ったとはいえ、死んだ我が子の話をするのは辛いのだろう。
旦那さんはしりすぼみに言葉を切った。
奈帆子はそんな父親に忌々しげな一瞥をくわえて、腕を組み直しながら言った。
「とにかく、その他もろもろ、わけわかんないことがこれ以上起こらないようにしてくれたら文句ないわ。お金は払う、いくらでも。……成果があればね」
華澄が希皿を睨みつける。
もし、慈薇鬼が先にこの件を解決してしまえば、無報酬もあり得る。
雇い主がこの奈帆子では。
稼業的にはよろしくないが、華澄は万が一お金がもらえないこと自体には頓着しないだろう。
しかし、無報酬イコール慈薇鬼 希皿に敗北すること、という方程式が華澄の中で成り立っているのなら、話は別だ。
ただでさえ、朝川中学校の件で華澄の気は立っているのだから。
「必ず成果を挙げて見せます」
奈帆子をまっすぐに見据えて、華澄の目が煌めく。
礼太は、希皿の顔に小馬鹿にするような笑みがよぎるのを確かに見た気がしたが、張り切る華澄は気づかなかったようだ。
華澄が身を乗り出すようにして尋ねた。
その勢いに旦那さんは一瞬たじろいだが、すぐに首を横に振った。
「いや、雫……猫の名だがね……雫以外の動物があんな風になってるのは見たことがないよ」
張り詰めていた華澄の表情が少し緩んだ。
そんなに今の話が恐ろしかったのだろうか。
「とにかく、わたしたちはこれ以上耐えたくはない。引っ越しも考えてたんだが、引っ越し先で同じことが続いても困るし……何より妻が嫌がるんだ」
「奥さんが?」
退魔師の訪問に対してもえらい嫌がりようだったが、何かあるのだろうか。
少し口ごもる旦那さんに代わって、奈帆子が答えた。
「ママはね、この一連の怪奇現象は、兄さんが起こしてるものだと思ってる」
至極めんどくさげな口調に反して、顔はなぜか苦々しげに歪んでいた。
「わたしより四つ年上の兄さん、名前は隼人。14歳の時に死んだの、この山で」
「妻は、隼人が家族のもとに帰ってきて、そのことに気づいて欲しいからいたずらをしているだけだと言うんだよ。」
これで分かった。
奥さんから見れば礼太たちは、可愛い我が子を祓おうとする悪者なのだ。
あたたかく迎えてくれるはずもなかった。
旦那さんがため息をついて言った。
「しかし、隼人だったらわたしの首を締めたり、猫を殺したりするはずない。……優しい子だったんだ。本当に優しくて、真面目で優秀で明るくて……」
時が経ったとはいえ、死んだ我が子の話をするのは辛いのだろう。
旦那さんはしりすぼみに言葉を切った。
奈帆子はそんな父親に忌々しげな一瞥をくわえて、腕を組み直しながら言った。
「とにかく、その他もろもろ、わけわかんないことがこれ以上起こらないようにしてくれたら文句ないわ。お金は払う、いくらでも。……成果があればね」
華澄が希皿を睨みつける。
もし、慈薇鬼が先にこの件を解決してしまえば、無報酬もあり得る。
雇い主がこの奈帆子では。
稼業的にはよろしくないが、華澄は万が一お金がもらえないこと自体には頓着しないだろう。
しかし、無報酬イコール慈薇鬼 希皿に敗北すること、という方程式が華澄の中で成り立っているのなら、話は別だ。
ただでさえ、朝川中学校の件で華澄の気は立っているのだから。
「必ず成果を挙げて見せます」
奈帆子をまっすぐに見据えて、華澄の目が煌めく。
礼太は、希皿の顔に小馬鹿にするような笑みがよぎるのを確かに見た気がしたが、張り切る華澄は気づかなかったようだ。