幻桜記妖姫奧乃伝ー花降る里で君と
華澄と聖は夜の9時を回ったころ、屋敷の外を見てくると言って部屋を出て行った。


聖はどうも屋敷というよりこの山にナニ
かがあると思っているらしい。


昼より夜の方が妖の動きは活発になる。


多少の危険は伴うが、やはり夜の方が退魔師にとっても都合が良いらしい。


同行しなくていいのかと尋ねると、下調べが出来てないから連れて行けないと言われた。


一人で屋敷内をうろつくなと五歳児のように釘をさされ、渡されたのは護符だった。


「華女さんから貰った御守りは持ってるんでしょ」


うなづき、首にかけてあるのを見せると、華澄は皮肉っぽい顔で笑った。


「そう、それ。そいつが兄貴を守ってくれるんでしょうけど、念のために、これも持ってて」


三枚ほど渡された紙はただの紙ぴらだったが、青い石ころよりは役に立ちそうに見えなくもなかった。


はぁ、と深くため息をついて、礼太はベッドに寝転んだ。


そのまま瞼が落ちてきそうになるが、ドタドタと子供が走り回るような音がして、はっと意識が浮上する。


なるほど、これは生活するのに不便なことこの上ない。


本当に子供が走っている音だったらいいが、この家に子供はいないのだから。


カーテンの隙間に体を滑らせ窓の外を覗いて見るが、山中ということもあり、闇が深すぎてほとんど何も見えない。


壁にもたれかかり、ふと自分はなんでここにいるんだとまたネガティブなことを考えてしまう。


妙に華女に会いたかった。


しかし、帰ったら帰ったで和田との件でまた胃が痛くなりそうだ。


夏休みが終わるまでは部活に出る。


これは自分で決めて逃げ道を塞いだのだから、致し方のないことではあるのだけれど。


ぐだぐだと考え事をしていても仕方がないと、荷物の中から持ってきた小説に手を伸ばしかけた時、コンコンコン、とノックの音が聴こえて顔をあげた。


誰だろう。


華澄たちはついさっき出ていったばかりだ。


奈帆子だろうか。


おずおずとドアノブを回し、顔を出すと、予想外の人物がいて思わず首をかしげてしまった。


「希皿?どうしたの」


希皿は端正な顔を少し歪め、笑顔のようなものを見せた。


「ああ、えっと、ちょっとな……入っていいか」


珍しく歯切れが悪い。

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