幻桜記妖姫奧乃伝ー花降る里で君と
「どうぞ」
希皿を扉側のベッドに腰掛けさせ、礼太はその向かい側に座った。
希皿の仕草はぎこちなく、なんとも気まずげな顔をしている。
ますますらしくなくて、礼太は首を傾げた。
「どうしたの。あいにくと見ての通り、華澄と聖はいないんだけど」
仕事の話をしにきたのであれば、残念ながら礼太は何の役にも立てない。
「いや、あいつらはいい。あんたに聞きたいことがあってさ。……あんたの家のことで」
今回の依頼の件とは関係ないらしい。
「家のこと?ごめん家業のことなら、多分僕ほとんど答えられない」
「知らなければ別にいい。……奥乃の退魔師たちが本家に霊を集めてるわけを知りたいんだ」
礼太は目をしばたいた。
予想できる質問群からはかけ離れていたが、答えるのに躊躇するようなことでもない。
「まだこの世を離れられない霊や、離れたくない魂が寂しくないように連れて帰るんだよ。ひとところに集まれば、他の霊もいるし、うちの皆は視えるから無視したりしない。寂しくなくなるでしょ」
もっとも礼太は史上稀に見るにぶちんであるため、『皆』の勘定には入らないが。
笑顔を作る礼太に、希皿はなんともいえない表情を返した。
「……いけないことなの?」
何やら不穏なものを感じて問い返す。
希皿は肯定も否定もせず、勢いよく立ち上がると早々に出て行こうとした。
「悪いな、いきなり変な質問して。お邪魔しました。」
「え、いやいや、ちょっと」
さすがに勝手すぎるだろう。
頭の中の大量のはてなマークをどうしてくれる。
礼太は慌てて立ち上がり、希皿の腕をつかんで止めた。
顔をしかめる希皿を見て、あ、振り払われる、と思った礼太は咄嗟に頭に浮かんだ言葉をそのまま口に出した。
「華澄と聖が出て行くの確認してから来たの」
返事はなかったが腕がだらりと垂れたのを見て、勝手に肯定と解釈する。
「……ついでに勘ぐると質問の答えを聞きたいのは希皿じゃなくて雪政」
若干見下ろしてくる希皿の目にはなぜか呆れの色があった。
「……雪政呼び捨てかよ…あいつだいぶ年上だぞ……まぁ、いいけど」
礼太の手をそっけなく振り払うと何を思ったのかおとなしく部屋の中に戻ってくる。
「あんたって、俺相手だと妙にはっきりしてるよな。ほかの他人に対してはびくびくおどおどしてるくせに」
心底バカにしたような口調で言われて、礼太は苦笑いした。
びくびくおどおどは誇張しすぎだが、完全否定もできない。
それに何故かこの気難しい少年に対しては持って生まれた警戒心が緩んでしまうのも事実だった。
「あんたって意外に勘がいいな。なんで雪政だって分かった?」
礼太は首を竦めた。
「別に……なんとなくだよ。ただ、君が妙に控えめだったから、ここに来たのは自分の本意じゃなかったのかなって」
希皿や雪政の何を知っている訳でもないが、華澄や聖の目を盗んで礼太に接触を図るなんてちょっとセコい真似を希皿が自分でしたがるとも思えなかった。
希皿は小さく溜息をつくと、驚くことに礼太に微笑んでみせた。
「雪政のあて大外れだな。間の抜けた長男を上手く懐柔して内部情報聞き出せ、なんて言われてたんだけど」
頭の中であの胡散臭い笑みが踊り、ひくりと頬を引きつらせる。
「……君の方が逆に暴露してるじゃないか」
「ああ、そうだな。アホらし」