幻桜記妖姫奧乃伝ー花降る里で君と
「で、さっきの質問なんだったの」


「……びびり雪政が怖がってんだよ」


あの人が何かを怖がるとも思えなかったが、話を折ったらもう何も話してくれなくなりそうなので、黙ってやり過ごした。


「前に、霊力の話はしたよな」


礼太はうなづいた。


霊力とは魂の力であり、退魔師とはその力を自分の中から引き出す才と術を持っている者のことを言う。


「いわゆる霊とか幽霊とか言われてるもんは、身体から解き放たれた霊力のなれの果てだと言われている。勿論、諸説あるし、奥乃のやつらの見解は知らねぇけど。」


前に華澄が話してくれたことがある。


一説に、霊は念の一種であると。


念とは、空間に刻み込まれた感情のことを言う。


なんにせよ、確たる説はないのだろう。


父の講義をうけるときも、諸説ある、という言葉をよく聞く。


「もし霊が霊力のなれの果てであるとするなら、霊をひとところに集めるというのは、霊力を……『力』を集めることに等しい。この意味がわかるか」


首を横に振ると、希皿はそれまで俯いていた顔をくいっとあげ、真っ正面から睨むような目で礼太を見据えた。


「めちゃめちゃ危険ってことだよ。霊ってのは……妖霊はまた別だが…散らばってるからそれほどの脅威じゃないんだ。妖霊や魔が出没する時、勿論それそのものが恐ろしい存在っていうのが一番だが、何故か霊ってのはより強い妖に惹かれて集まる。それも十分に怖いことなんだ。」


分散していた力が集まれば、一つの大きな力となる。


それは時に、禍をもたらす。


「……うちの人たちは、そのことを分かってないのかな。」


ぽつりと呟く礼太に、希皿は冷たく笑ってみせた。


「その可能性もないわけじゃねぇな。ただ、分かっててやってんなら最悪だな。分かってなくても最悪だけど」


雪政は……恐らく希皿も、無知ゆえの過ちだとは露とも考えていないのだろう。


奥乃は、華女は何を考えている。


希皿の心の声が聞こえてきそうで心底嫌だった。


「……何やろうとしてんのか得体が知れなくて末恐ろしいから、間が抜けてる僕からあわよくば聞き出そうとしたんだね」


「……こんな話がある」


礼太の苦虫を潰したような顔を見ても、希皿は話をやめなかった。


「いつの時代だったか忘れたけどな。医者を生業としている男がいた。男には霊力を操る才があった。もしかしたらどこぞの退魔師の家の血を引いてたのかもしれねぇけど、それはまぁ、関係ない。男は霊力を使って患者の治療をしていた。そりゃあ高名なお医者さまだったそうだ。ある時、その医者の噂を聞きつけたお大尽様が使いをよこしてきた。何でも娘が重い病で、すぐにでも来て欲しいのだそうだ。医者はその娘を前にして頭を抱えた。こりゃ、死ぬなって思ったらしい。でも、そこいらから霊力をかき集めたら、なんとかなるかもしれない。その医者には、それが禁忌だってなんとなく分かっていた。ずっと霊力を使ってきた玄人だからな。でも結局、欲に目が眩んでやってしまった。それで、集められた霊の塊は暴走して、あたり一体食いつぶしてしまって、何も残らなかったそうだ。人っ子一人な」


「……それ本当の話?」


礼太は疑い半分に尋ねた。


こういう類の話によくあるツッコミだが、誰も残らなかったんなら、誰がその話を伝えたんだよ、と。


「この際、この話が嘘だろうが本当だろうがどうでもいい。俺が言いたいのは、華女はどんな欲に突き動かされてんだろうなってこと」


礼太はきゅっと唇を噛んだ。


余計なお世話だと言いたい。


「医者の欲は単純だよな。名誉欲?金に目が眩んだ?でも話に聞く華女はそんなやつじゃない。お前は華女をよく知ってるだろ」


希皿がずいっと礼太の顔を覗き込んでくる。


「なぁ、華女の望みを知らないか?」


一瞬息が詰まった。


するどい眼光に囚われて指先が冷たくなる。


「……知らない…ねぇ、希皿」


「……なんだよ」


予想外ではなかったのだろう。


礼太の答えにさしてがっかりした様子は見せず、名前を呼ばれて希皿はそっけなく応えた。


別に腹が立っているわけではない。


ただ、華女が好き勝手に言われたことに対して、何かしらやり返しておかなければならないような気がした。


「君は僕にあきれるけどさ、君の方が喋りすぎじゃないか?」


話せと言ったのは礼太だが、もしかしたら華女にそのまま伝わるかもしれないのに、慈薇鬼家が華女を警戒しているという情報を暴露したのは希皿自身だ。


さりげなく希皿の自尊心をつつくような台詞を吐いた礼太に、しかし希皿は微笑んでみせた。


「まったくだな。あんたのこととやかく言えない。……なんか、あんたが相手だと警戒が緩むっつうか」


綺麗な顔を綻ばせ、希皿は肩をすくめて見せた。


自分も同じことを考えていたので、なんとも言えない気分になり、それ以上責める言葉も出てこず、礼太は小さくため息をついた。



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