幻桜記妖姫奧乃伝ー花降る里で君と
宗治郎は母に手をひかれ、里を歩いていた。
宗治郎の小さな手を包みこむ母の白い手はひんやりとしていて、やわらかくて優しかった。
見下ろす田畑では里の者たちが唄をうたいながらせっせと働いていた。
今は田植えの時期。
里の者たちの声は明るく、空気はなごやかだが、田植えは生きるための儀式そのものだ。
今年一年の豊作を願い、家族の安寧を願う。
一人の男が宗治郎と母に気づき、にこっと笑った。
「これはこれは、はなさん」
はなさんだっ
と子供がはしゃいだ声で笑う。
宗治郎の母、『はな』はにこりと微笑み返すと、
宗治郎の手を握っているのと反対の手の平を唇に寄せて、ふぅっと息を吐いた。
ふわり、きらきら
宗治郎は母の手から溢れる、幾多もの花びらの幻を見た。
ふわりと五色のかがやきが里の者たちの方へきらきらと舞い降りる。
歓声が青空の下に響き渡った。
母は慈しみの笑みを宗治郎に向けた後、そっと艶やかな目元を閉じた。
『里に安寧を。生命を育む糧を。共に在る喜びを』
おっかさんはまるで御仏のようだと、宗治郎は思った。
ただ、人々の暮らしがすこやかなることを願う、それはそれは美しいひと。
母は宗治郎に目線をあわせしゃがみ込むと、そっと我が子の頬を撫でた。
『まっとうな人におなりなさい。やさしい人におなりなさい。あとはあなたが、しあわせであればいい』
愛し子をそっと包みこむ母の腕は、確かに温かかった。