幻桜記妖姫奧乃伝ー花降る里で君と
今朝は華澄がご機嫌だ。


反対に希皿は渋い顔をしている。


なんでも昨日、旦那さんの寝室に張りこんだはいいものの、肝心の首締め幽霊が出てこなかったらしい。


旦那さんはちょっとばかり嬉しそうだ。


「いやぁ、もしかしたら君たちがいてくれるお陰で、お化けも恐れをなしたのかな」


昨日はとうとう姿を現さなかった奥さんだが、朝は膨れっ面をしながらも食卓に降りてきた。


おはようございます、と声をかけると、優しそうな口許が綻びかけ、思い出したようにきゅっと結び直す。


なんだか少しかわいらしい感じのする人だ。


華澄はしばらくルンルンしていた。


そんなに嬉しいか、とあきれてしまった。


依頼主からすれば不謹慎極まりないだろう。


しかし、朝食の途中から、華澄はふと思いつめたように表情がなくなった。


一点を見つめて表情は微動だにしないが、ご飯は口に運び続ける。


表情がなくなるのは思案するときの華澄の癖みたいなものだ。


そして何を思ったのか、旦那さんに向かって口を開き、


「今夜は寝室の張りこみはしないことにします」


と言った。


聖の方を見ると、きょとんとした顔をしている。


旦那さんも困惑したようだ。


なんせ昨日は希皿たちとどっちが先に寝ずの番をするかいがみあっていたのだから。


「あー、そうなのか。うん」


そうとしか反応が出来ないのだろう。


分かった、というような意思表示をした旦那さんの斜め向かいに座っていた雪政が身を乗り出した。


「じゃあ、今夜も僕たちが」
「駄目よ」


ピシャリと華澄がはねのける。


雪政は苛立ちを見せたが、ふいに何かを察したように表情を緩め、すとん、と座り直した。


もう、もとの胡散臭い笑顔に戻っている。


「そうだね。幽霊を待ってばかりじゃどうしようもないか。」


でも、自分から現れてくれるのなら、それに便乗する方が簡単なのでは?


喉に言葉がつっかえて出てこない。


違和感を感じつつも、華澄には何か意図があるのだろうと考えて、何も言わなかった。


奈帆子が変な顔をして華澄を見つめている。


じぃっと穴があくほど見つめていたが、それを見ている礼太に気づくと、あっさり視線をそらした。



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