幻桜記妖姫奧乃伝ー花降る里で君と
屋敷に戻ると、目を吊り上げて頬を膨らませた聖が、あてがわれた二階の部屋で二人を待ち構えていた。


何か気に障ることでもしただろうかと首をかしげたが、どうやら礼太たちに対して怒っているわけではないらしい。


「結局、隼人くん見つからなかった。ううん、見つけたけど逃げられた!午前中いっぱい追いかけっこだよ、あいつ面白がってるんだ。くすくす笑って僕のこと馬鹿にして‼」


ここまで怒っている聖はかなりレアだ。


華澄とこっそり視線を交わし、肩をすくめる。


ベッドの端に並んで座って、部屋中をいらいらと歩きまわる末っ子の興奮が沈静するのをしばらく待つ。


しかし、普段穏やかなぶん一回沸騰するとなかなか熱が冷めないらしく、かなり長いことカッカしていた。


そして何がどうしたのか、こちらを向いたかと思うと礼太と華澄の膝の上に勢いよくダイブした。


「ひっ」


思わず情けない声が漏れる礼太とは対照的に華澄はおかしそうに笑う。


「なに?甘えたいわけ」

「ちがう」


聖は顔を礼太たちの方に向けて、いつになく強い口調で言った。


「午後からは兄さんと姉さんも追いかけっこ参加だからね!」


「あら、わたしたちがいていいの」


「いい。だってあの幽霊、繊細さの欠片もないもん。むしろ、100人体制で追っかけ回してもいいくらいだよ」


それはちょっとぞっとしない。


広い屋敷とはいえ、100人も幽霊追いかけて駆けずり回ったら家鳴りが悪化しそうだ。


「………楽しそうな幽霊、か。」


霊には哀しく寂しい印象がつきものだ。


場に焼きつく念にしても、圧倒的に負の感情が多い。


それは常に、未練を含むものだから。


しかし、この屋敷の幽霊は、楽しげだ。


聖も怒ってはいるが、やりきれない想いを抱えた霊に遭遇するよりは、幾分か気持ちも軽いに違いない。


礼太は弟を見下ろして苦笑いした。






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