あなたと私のカネアイ
 痛いほどの沈黙というものもなく、食事は和やかに進んだ。
 といっても、円さんがたまに他愛のない質問をしてきて、私がそれに答える――というのが多かった。それでも彼は終始にこにことして楽しそうだったので、私もまんざらでもない。
 食事の後の片付けはやらせてもらったけど、それも食器洗い機があるから軽く濯いでセットするだけだった。

「結愛、コーヒー飲む?」
「あ、はい。いただきます」

 食器洗い機のボタンを押したところで、円さんがキッチンに入ってきた。

「ミルクと砂糖は?」
「ミルクだけでお願いします」
「オッケー」

 円さんはコーヒーメーカーをセットしてマグカップを取り出した。
 ……えっと。

「それ……」
「あ、うん。可愛いでしょ?」

 円さんはそう言って二つのマグカップの絵柄を私の方へ向けた。
 二つを並べると、有名なねずみのカップルが……キスしてる。

「もちろん、女の子の方が結愛のだよ?」
「はぁ……」

 朝から気になってたんだけど、今日の円さんの格好はジーンズに夢の国のねずみがプリントされたTシャツだ。擦れた感じのプリントとグレーの色合いは落ち着いた感じだけど、朝見たときは意外だと思った。
 好き、なんだろうな。

「わざわざ買ったんですか?」

 まぁ、そうとしか思えないんだけど一応聞いてみる。

「うん。駅ビルに大きなお店があるでしょ?」
「はぁ……」

 ペアマグカップを買う三十一歳男性……いや、私服だと三十代には見えないから違和感はないのかもしれない。

「旦那がこういうものを買ってくるのは恥ずかしい?」
「いえ……いいと思いますけど」

 私の分まで買ってたことが意外だったというか。
 別に好きなものに年齢は関係ないと思うけど、やっぱり初めて発見したときは驚きがあるものだな。
 経営者っていう円さんの肩書きのイメージと離れているからだろうか。

「そう?良かった。ほら、コーヒーできたよ? おいで」
「あ、はい」

 出来立てのコーヒーを新品のペアカップに注いで満足そうな円さん。私はその後を追ってリビングへと向かった。
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