あなたと私のカネアイ

手(1)

「ねぇ、私がやるから円はリビングでテレビでも見てれば?」
「いいよ。結愛だって仕事があったんだから、こういうのはちゃんと協力しないとね」

 私の稀な気遣いを、更なる気遣いでやんわりと断った円は、鼻歌を歌いながらお皿を拭いている。
 食器洗い機はあるけど、毎回使うのももったいなくて結局手洗いをする私の手伝いを嬉々としてやる夫。やっぱり彼は少し変だ。
 今どきは珍しくもないんだろうけど、お父さんが一切家事をやることのなかった私からしたら、円は出来すぎた夫のように思える。
 カチャカチャという食器の音と蛇口から流れる水の音に合わせてノリノリな円を横目で見て、私はため息をついた。
 私が彼の手伝いを断ろうとする理由は、私よりも明らかに多く家事をこなしていることが一つ。
 私がやらないわけじゃない。ただ、共有スペースの掃除やこうした食事の準備や片付けは円に先を越されることが多いから、なんだか悪いなって思ってしまうのだ。
 もう一つは、こうやって並んで食器の片づけをする距離。
 キッチンは広い。水周りだって十分なスペースがあって、私にピッタリ寄り添ってお皿を拭く必要はどこにもない。
 隣に立つ円と自分の空間に並々ならぬ神経を集中させるせいで、精神力はかなり削られる。つまり、疲れる。ただお皿を洗うだけなのに。
 だけど、手伝いをしてくれる円の気遣いを潰すことも憚られる。だから、結局いつも早く手を動かすことでこの時間を短くすることに努めるのが日課になってしまった。 
 最後のお皿についた泡を濯いで水きりラックへと置き、手を拭いたところで私はホッと息をついた。
 洗い物にとりかかる前にセットしておいたコーヒーをマグカップへ注ぎ、いそいそとリビングへ逃げる。
< 43 / 166 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop