あなたと私のカネアイ
「結愛」

 そう思ったのに、私が立ち上がろうとすると円が声を掛けてきた。今度は何だっていうんだろう。

「ごめん」
「え……?」
「結愛が嫌ならくっつかないから。一ヶ月一緒に暮らして、少しは近づけたかなって……試したくなった。ごめん、許して」

 なんで、円が謝るの?
 普通、あんな風に言われたら気分を悪くするものじゃないの?
 虚しいような、ホッとしたような、複雑な気分だ。
 そこに混じる安心感――怒らせてしまったのかもって不安になっていた自分の中途半端な感情が私の戸惑いを煽る。
 嫌われたくないって一瞬でも思った自分が憎らしい。それなのに、円が自ら謝罪の言葉を口にしたことが……嬉しい?
 一方的に拒絶したのに、円は理由も聞かずに自分が悪かったと譲歩する。そして、私の自己嫌悪を聞いていたかのように「結愛のせいじゃない」っていう。
 どうして……怒らないの?

「別に、あ、謝ってもらうようなことされてないし」

 なんだか泣きそうになって、ふいっと顔を背けて強がった。
 私、可愛くない。
 円は何も悪くない。私の嫌なことはしないっていう約束は守ってる。
 謝らなきゃいけないのは、私の方なのに。

「そう? じゃあ、仲直り」

 コツン、と円がマグカップを合わせる。
 ねずみのカップルがキスをして、私たちの代わりに寄り添った。

「ああ、そうだ。明日だけど、仕事の後迎えに行くから駅前のカフェで待っててくれる? 母さんが、結婚式場のこととか結愛と話したいって言ってたから」

 円はそれから話題を変えてくれた。
 でも、すぐに気分を切り替えたらしい円とは違って、私はどうしたらいいかわからない。

「わかった」

 そのせいで、返答もぶっきらぼうになってしまう。
 不貞腐れた私って最低だ。子供っぽい対応で、結局後から自己嫌悪に陥るくせに。
 だけど、なぜかさっきまでのぐるぐる渦巻く感情は消えていて、代わりに私を満たす不思議な気持ちを持て余す。
 結局、その夜はクイズ番組を最後まで見た。
 円の隣で――…
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