あなたと私のカネアイ
「っ、な、にして――どいて!」
「結愛、覚えてる? 俺が、愛する奥さんと一緒の家に住んでたら本能が騒ぎ出しちゃうかもって言ったこと。今……俺たち、一緒の部屋で寝てるんだよ。その意味、わかってる?」
「だから、そういうことは他で――」
「結愛」

 思わず厳しい声になって、結愛はグッと黙り込んだ。
 だって、仕方ない。好きな人に浮気や不倫OKと許可を出されることほど、苦々しい思いになることはない。

「それ、もう二度と言わないで。俺は結愛とじゃなきゃしない。結愛、ファーストキスと初めての『そういうこと』どっちも旦那の実家で済ませたいの? それとも、手を繋いで寝る?」

 ちょっとずるいけど、妻との距離を縮めるための二択を提示してみる。

「な――っ」

 予想以上にうろたえた結愛を見て、怒りの気持ちは少し収まった。
 
「キス……する? 今、ここで」

 結愛は首を思いきり横に振って拒絶の意思を伝えてくる。

「じゃあ、手繋いで……寝よ?」
「やだって言ってるでしょ。円、私の条件を無視しすぎ」
「触らないっていう条件はなかったよ」

 お金と結愛の自由に関する条件と、愛を求めないこと――それが、結愛の条件だったはずだ。
 俺はそっと結愛の耳の淵に触れた。ゆっくりと小さな耳をなぞって髪に指を差し込む。綺麗な黒髪は少しくせっ毛で、彼女はいつも朝のセットに苦戦してる。
 一筋縄ではいかないところは本人にそっくりだ。

「それに、結愛……ホントは、言ってるほど嫌がってないでしょ?」

 と言うのは俺の希望が九割……たぶん、結愛は戸惑ってるだけだ。
 でも、本当に嫌ならもう少し暴れるだろうから、そこまで嫌悪されているわけでもなさそうかな。小さく震えながら、俺の指先の動きに耐えている結愛は狼に食べられるうさぎみたいで可愛い。
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