あなたと私のカネアイ
 もうすぐ結婚して三ヶ月、たった数ヶ月だって侮っていた私はやっぱりあのとき選択ミスをした。
 あの日に戻りたい。平穏だった日が恋しい。
 他人に乱される気持ちは不安定で、気持ち悪い。こうやって逃げ腰になってる自分も鬱陶しいのに。私、こんなに気持ちのコントロールが下手だったっけ?
 携帯を開くと時間は七時過ぎ。これから電車に乗れば、ちょうど家につくのは三十分くらいだろう。
 ずっと開かずにいたメールを開くと『お店忙しい? 帰れるときにメールして』と予想通り円からの連絡だった。
 私がわざと帰らないこと……気づいてるかな。
 コーヒーカップをゴミ箱に捨てて、返信しないまま携帯をカバンに入れた。
 駅には浴衣姿の女の子がチラホラいて、彼氏や友達と楽しそう。中には高校生っぽいカップルもいて、円が好きそうな純情恋愛物語みたいだなって思った。
 そんな風に考えつつ電車に乗り込む。窓の外を眺めながら遅くなった言い訳はどうしようかなんて考えてる自分に気づいて、ため息が漏れた。
 言い訳なんてする必要ない。だって、最初から約束なんてしてないんだから。円が勝手に今日って決めてただけで、私は一度も了承してないし、堂々と帰ればいいんだ。
 そう結論に至ったところで着いた最寄駅では人がたくさん降りた。乗り換えをする人が多いのだ。
 人混みをかき分けて改札を抜け、駅からマンションまでの道を歩くと、ふと円に初めて怒られた日のことを思い出された。
 普段穏やかで声を荒げることなんてなかったから、驚いたな。でも、頭がお酒でふわふわしていたせいか嫌な気持ちにはならなくて……
 とっくに帰宅時間を過ぎているはずの今日は、迎えに来てくれないんだな、なんて……変なことを考えた。
 そういえば、あれのせいでキスマークのこともなんとなく流れちゃったな。
 マンションのエントランスを抜けて、エレベーターに乗る。受付の時計は七時二十五分だった。
 円、なんて言うだろう。
 エレベーターを降りて、玄関のドアを開ける前に一度深呼吸をしたのは、持て余した罪悪感のせいかもしれない。
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