あなたと私のカネアイ
 * * *

 仕事から帰ると、円はすでに帰っていて夕食のいい匂いが玄関まで届いていた。
 靴を脱いでいると、音を聴きつけたらしい彼がリビングから出てきて私を出迎える。

「おかえり、結愛」
「……ただいま」

 今朝は負けた分を取り返すため、顔を上げずに答える。スリッパを履いて、俯いたまま円の横を通り過ぎようとすると腕を掴まれた。
 慌てて近づいてきた夫の口を手で塞ぐ。

「ゆい、おかえりのきす――」
「しないから! そういうのは三次元ではやらないものだか――ひゃっ!」

 籠もった声を出す円にピシャリと言うと、円は私の手のひらを舐めてきた。咄嗟に手を退けてしまった私の唇は、あっけなく彼に掠め取られ、今朝のリベンジをされる。

「ご飯、出来てるよ」

 満足そうににっこりと笑った夫は、リビングへと戻っていく。

「手! 洗ってから行く!!」

 そう叫ぶと彼の肩が少し揺れた気がして悔しかったけど、それについて突っ込むのは疲れることになるからやめた。
 急いで洗面所に入って、ハンドソープを使ってゴシゴシと手を洗う。洗ってるのに、冷たい水を使ってるのに、円の舌が触れた場所が妙にじんじんとする。

「最悪っ」

 私はあなたを意識してます、って言ってるみたいで嫌だ。
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