あなたと私のカネアイ
「何が……?」
「ん? 慣れてって言ったのは俺だったのに、キスまで急だったから」
「じゃあ、やめてよ」
「それはダメ。慣れるには場数を踏まないと。だから、少し基本に戻ろうかと思って」

 頭を撫でることが基本なのだろうか。戻るも何も、そういうスキンシップをやめてくれれば解決することだし、目を瞑る必要もない。

「目、瞑れば……俺じゃない、誰かを想像できるよ?」
「な――っ!」

 何それ。「俺のこと好きになって」って言ったのは円なのに、自分から他の男を想像しろって?

「あ、でも他の男はダメだよ」

 急にカッと熱くなったよくわからない胸の内が、再び急激に温度を下げる。
 なんで……私、円の一言一言に一喜一憂して、バカみたい。

「親しい人……安心できる人がいいよ。子供の頃、お父さんとお母さんにこういう風にされたこと、ない?」
「……知らない」

 子供の頃の記憶なんて曖昧だし、お金の話ばかりする彼らに愛された記憶なんてあったとしても思い出したくもない。
 ただ、円が「他の男はダメ」と言ったことに、心は落ち着いたのに目頭が熱くなって瞬きが多くなる。

「じゃあ結愛は、今まで誰に甘えてきたの? その人を想像してごらんよ」
「誰って……そんな人、いないし」

 誰かにこうやって頭を撫でてもらったのは、いつが最後だっただろう。もう思い出せないくらい幼い頃な気がする。たぶん、お母さんなんだろうけど。
 友達に甘えたことだってないし、彼氏は今までいなかった――ふと視線をあげると、円は目を細めて私を見ていた。
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