あなたと私のカネアイ
「何で来たの」

 試着の後、スタッフさんにお礼を言い、ホテルのロビーで低い声を出す。
 円とお義母さんは知り合いだというスタッフさんと少し話をしていたので、先に下りてきたのだ。

「篠沢さんが連絡くれたのよ。式場のことも何から何までしていただいて、申し訳ないわ。貴女、何も言わないから……」

 私が連絡しない分、お義母さんから報告が入っているようだ。

「たまにはうちにも顔を出しなさいよ。お父さんも会いたがってるわよ?」

 文句を言いたい、の間違いだろう。私はお母さんの言葉を無視してエレベーターから降りてきた円に駆け寄った。
 こういうときだけ利用するのはずるいのはわかってるけど、円の存在は有り難い。
 そんな私を見ても、彼は特に驚いた様子も見せず微笑み、手を繋いでくれた。

「ごめんね、待たせて」
「大丈夫……」

 後から来たお母さんはお義母さんにお礼を言ったり、先ほどの試着の話をしてすっかり仲がいいようだ。
 まぁ、娘の下着のサイズまで教えてしまうくらいだから気が合うのだろう。とにかく、ギスギスした関係よりはいいのかもしれない。

「結愛、円くんとうちに寄って行って。篠沢さんはこれからお友達との約束があるんですって」
「結愛ちゃん、久しぶりにご実家でご飯でも食べたら? 円も結愛ちゃんのお父様にもう一度きちんと挨拶していらっしゃい。一度しか会ってないんでしょう?」

 お母さんだけなら断るけど、お義母さんにまでそう言われてしまうと断りづらい。それに、円はきっとお義母さんの言う通りにしたいだろうと思う。

「ご迷惑でなければ、ぜひ」

 握った手に少しだけ力が込められた気がして、円を見上げる。
 だけど、彼は特に変わった様子もなく、お母さんに向かってにっこりと笑った。
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