本当はね…。

周りの客の悲鳴が聞こえた。
そして、一瞬だけ意識が飛んだ。
…間に合っただろうか…。

……
「……ぃっ。…んぱぃっ‼……カオル先輩‼」
耳元で誰かが俺を呼んだ。そして、その声は次の瞬間に、誰だか特定できるほど鮮明な響きに変わる。
「千咲ちゃん…。」
俺が彼女の名前を呼ぶと彼女は心から安心したように微笑んだ。
周りに居た人も安堵の息を漏らしていた。
「カオル?しっかりぃ。僕だよ、わかる?」
大勢の人の間からすぐさま駆け寄ってきた小柄な影。
「ユキ…。大丈夫。わかるよ。」
必死なユキに笑いかけた。
「よかったぁ。どっか痛い?」
すぐに処置をしてくれたらしいが、多分軽い脳震盪だ。しばらく動かなきゃ問題ない。
舞尋もミサキも色々と手配してくれたらしい。
「一応病院行っといたほうが良いと思うよ。頭打ったし。」
「あぁ。」
説得力がいつにも増しているミサキに、俺はうなづいた。
「今、救急車呼んだから。大人しくしてろよ?」
舞尋はいつも手配が速い。
「あぁ。ありがとう。」
少しずつ人集りが小さくなっていった。
救急車が着いて、俺は運ばれた。
病院まで、皆着いてきてくれたが、本当に何の異常もなかったらしい。

……
「なんか、迷惑かけてごめんな。」
病院からの帰り道。
空は夕焼け色に染まっていた。
「謝らなくて良いんだよぉ。異常がなくて本当に良かったんだから。」
ユキが笑う。
「そうだね。良かった良かった。」
ミサキも…。
「お前はもう少し自分を大事にしろっ‼」
舞尋には軽く叩かれた。
「ちょっ、舞尋。アタマはダメだからっ‼」
「あっ、わりっ。」
「大丈夫だって…。」
ユキが怒って、舞尋がすぐに謝る。
こいつらは…優しい。思わず笑みが漏れた。
すると…。視界の端に1人下を向く彼女の姿。
「千咲ちゃん?どうした?」
歩く速度を少し落として、舞尋達とは距離をあけた。
俺の声に千咲ちゃんは過剰に反応する。肩に力が入って、俺を申し訳なさそうに見つめる。
「…ごめんなさい…。私が…無茶したから。」
絶対そういうこと言うと思った…。
あれは確実に俺の意志。千咲ちゃんは何も悪くないのに…。ホントに…良い子なんだね…。
「千咲ちゃんさ、結果教えてくれない?あのゴールの。」
「…え。」
「ほら。最後の。決まった?」
「………。はい。」
「そっか。じゃぁ、いいや。」
俺の言葉に千咲ちゃんは首をかしげた。意味がわからない。という顔だ。
「あのシュートが外れてたら千咲ちゃんのこと責めようと思ったけど、決まったならいいや。」
そう言って微笑むと彼女は固まった。
まぁ、もちろん?もし外れてたとしても責めるつもりないけどね。
驚きと、申し訳なさで一杯になった彼女は涙を堪えているようにも見えた。
「でも…私が無茶しなきゃ、カオル先輩がこんなっ…」
この子は、きっと責任感が強いんだと思う。俺が彼女の唇をそっと指でおさえると、彼女は再び驚き黙り込んだ。
…参ったなぁ…。俺…重症かも…。
「千咲ちゃん?あの時さ、なんで俺がボールよりも千咲ちゃんに目が行ってたかわかる?」
彼女がわかるわけもない話。彼女は首を横に振った。
俺だって、あの時はわからなかった。でも…今ならわかる。
………。なぜなら…
「俺が千咲ちゃんのこと好きだから。」
…あの時、俺は正直負ける気がしていなかった。止めた、と確信したから。でも違った。あの時見えた千咲ちゃんの笑った顔。全力でぶつかって、楽しんでいる顔だった。
そして俺は、その気持ちに負けた。それと同時に心が彼女に惹きつけられた。
「実はさ、俺自身もこの気持ちにさっき気づいたんだ。だから、まだ返事とかは良いし…千咲ちゃんが気まずかったら、返事もいらない。ただ伝えたかっただけだから。」
俺の言葉に千咲ちゃんは何も言わなかった。というより、言えなかったのだろう。パニックで。
そんな彼女の姿に笑みがこぼれた。

今まで沢山の女の子達を見てきた。皆それぞれ可愛いと思うけど、別に他の感情はなかった。持てなかった。
けど、この子は違うみたいだ。初めてなんだ。
この子に感じたもの…それは今まで知らなかった感情。
きっと…もっとハマっていくのかな、君に。

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