異邦人の集うカフェ(「一緒に暮らそう」番外編)

「あら、ごめんなさい。私、お勉強のことなんてさっぱりわからない人だから。主人の専門が物理だから、チャートや数式が出てくるとつい物理学かな、なんて思ってしまうの」
「ご主人は物理学の先生をしていらっしゃるのですか」
「いいえ。彼はこの町にあるトイダ製作所で研究員をしているんですよ」
　こんな良い家に住んで、こぎれいな店舗を造るくらいだから、彼女の夫がエリートサラリーマンなのはうなずける。
「そうなんですか。やっぱりこの町にはトイダの職員の方がたくさん住んでいるんですね」
「ええ。うちのお客さんにもいらっしゃるけど、ありがたいことに会社という共通の話題があるんですよ」
「店員さんはご主人の転勤に伴ってこちらに来られたのですか」
「ええ。主人と結婚して、家を建てるためにこの町に越してきたんです。独身時代はずっと料理関係の仕事をしていて、カフェを開くのはここが初めてなんですよ」
「それまではどんなお料理を作っていらしたんですか」
「レストランで調理のアルバイトをしたり、自営で惣菜屋をやったり、老人ホームのまかないをしたり」
「幅広いですね」
「でも、将来的にはカフェをやるのが夢だったから、ここを開く前はよそのお店でカフェ修行をしていたんですよ。なにせ、カフェをやりたいのに、コーヒーの淹れ方もよくわからなかったから」
「そうだったんですか。カフェを開くのってそんな準備が必要なんですね」
　正直、カフェなんて他のジャンルの料理店よりも調理の難易度が低い料理を出すものだと茉実は思っていたけれど、どうやらそうでもないらしい。
「コーヒー豆の種類もよくわからなかったから勉強するのが大変でしたよ。子どもが小さい頃は専業主婦をしていたんですけど、その頃は暇を見つけては、カフェ巡りに出掛けて研究をしていました」
「お子さん、いらっしゃるんですね」
「ええ。中２の男の子と小６の女の子がいます」
「えー？　そんなに大きなお子さんがいらっしゃるんですか」
「そうなんですよ。もういい歳なんですよ、私」
　中学生の子どもがいるとしたら４０代に入っていてもおかしくないが、目の前の女性はどう見てもせいぜい３０代半ばに見える。カットワークのカットソーとジーンズが似合うヤングミセスといった風貌だ。