涙の跡を辿りて
シンシンリーを散々に彷徨い、いつの間にか意識を失っていたケセは、目覚めて、驚く。
そこは自分の寝室だった。
ちゃんと、自分の脇の下にはヒトカが頭を乗せて眠りこけている。
身体を起こそうと、そっと腕をヒトカの頭の下から引き抜こうとしたケセだったが、ヒトカは目を覚まし、ケセにしがみついた。
「ヘセ、イヤ。行かなイデ」
涙を一杯に湛えた瞳で、ヒトカはひしとケセの腕を捕まえて放さない。
「何処にも行かないよ、ヒトカ」
「ヒトカ。怖い」
ヒトカは深緑の瞳から、ぽろぽろと涙を流す。それがケセの心の柔らかい部分に甘く爪を立てた。
つきん、と、痛む心。
ケセはそっと指でヒトカの涙を拭う。
どうやって此処に戻ってきたのであろう。だがヒトカがいるのが夢でないのならそんなことは瑣末事だ。
ケセは上半身を起こし、半身を起こした体勢から腰を捻るとヒトカの涙に口づけた。
ヒトカがいてくれて良かった……!
変わらず自分の傍にいてくれる精霊に、ケセは不覚にも泣きそうになる。
それとも。いなくなったというのは夢だったのであろうか?
あんなに彷徨ったのに足は痛くない。体中が少し気だるい気もするが。
「ヘセ、ヘセ」
ヒトカはケセの名を呼びながら泣き続ける。
怖いとは、どういう事であろう?
胸が痛んだ。激しく痛んだ。
自分も怖かった。夢なのか現なのか、ヒトカが自分の前からいなくなってしまった事が。
もう二度と放したくない。
その為にはどうすれば良いのだろう?
ケセは苦悩する。苦悩しながら口づける。
ケセの唇は、目尻から頬、首筋、鎖骨へと移動していた。
無意識の行為。そうする事こそが今の二人には必要だったのだ。
ヒトカが溜息を洩らす。
その溜息で、ケセは漸く自分が罪を犯しそうになっている事に気付いた。だけれども、もう遅い。
ケセはヒトカの身体が欲しかった。ここに確かにいるという証が欲しかったのだ。
大事に思うなら止まれる?
まさか!
恋の最中には衝動が付きまとう。
そしてヒトカは自分の鎖骨に口づけるケセの頭を抱き締めた。
そう、もっともっと、深くまで。
だが、ケセは一瞬ひるんだ。
今まさに。
自分は、ルービックが自分に強いた事と同じ事をヒトカにしようとしている。
「イイの。違うかラ」
「何が?」
「ヘセ、ヒトカ、好き。ヒトカ、ヘセ、好き、だから、イイの」
その言葉に、ケセの理性は吹き飛んだ。
ヒトカは何もかもわかった上で自分を受け入れようとしてくれているのだ。
優しく。優しく。
未成熟な身体に舌を這わせ掌で撫で、ケセは急ぐ事無くゆっくりとヒトカを昂ぶらせる。
痛みを感じないように。いつの間にか組み敷いた身体は幼く、激しい衝動をぶつけたら壊れてしまいそうで少し怖い。
この身体の総てを五感に叩き込みたい。
そう思い舌を這わせる。自分が知らない所など無いように味わう。
ヒトカは僕のものだ。
そう、感じる為の行為が、ケセの最も恐れていた行為だという事が皮肉ではあったが。
男でも女でもない体はとても感じやすく出来ていた。
ケセだとて女性を抱いた事がないわけではない。修業中に時折仲間に連れられて娼館に行った事がある。
だが欲望を発散させる行為と愛し合う行為は全然違う。
ヒトカに自分を求めさせたい。
それは。
それはきっとヒトカを。
ヒトカを。
「愛してる」
ケセは思いの総てを込めてヒトカに告げた。
ヒトカは涙に潤んだ目でこくりと頷く。
恋が叶ったのだ。
その喜びにケセは我をなくす。
ヒトカはケセの体に溺れた。どんな女を抱いた時よりも。
男でも女でもないヒトカの抱き方をケセは本能的に知っていた。
ヒトカは悲鳴を上げる代わりに、ケセの首に回した腕に力を込めた。
人と人は一つにはなれない。
体を重ねても心までは重ねること叶わず。
だが人と精霊だとどうなのだろう?
決めていることが一つあった。
恋をし、愛する人と出会った時こそ自分は自分の心臓を捧げても良い程の愛を注ごうと。
ましてや犯すなどありえない。
そう、これはとても真剣な儀式だった。
互いが互いをどう思っているかを知るための大切で神聖な儀式だった。
丁寧に丁寧に、祈り捧げるように。
ケセはヒトカの唇を貪る。息さえ絡み取るように。
ヒトカの身体から力が抜けていく。
ヒトカは恥ずかしげに顔をそらそうとするのだが、ケセはそれを許さない。
その微かな喘ぎ声が、表情が、堪らなく愛おしい。
身体重ね、きっと心も重なっている。
何故なら感じる事が出来たから。
自然に、自分に向かう気持ちが感じられたから。
「ヒトカ、ヒトカ、ヒトカ」
呼びながらつきたて、またその名をケセは呼ぶ。
そして、ヒトカは初めてその名をはっきりと呼んだ。
「ケセ……愛してル……」
そこは自分の寝室だった。
ちゃんと、自分の脇の下にはヒトカが頭を乗せて眠りこけている。
身体を起こそうと、そっと腕をヒトカの頭の下から引き抜こうとしたケセだったが、ヒトカは目を覚まし、ケセにしがみついた。
「ヘセ、イヤ。行かなイデ」
涙を一杯に湛えた瞳で、ヒトカはひしとケセの腕を捕まえて放さない。
「何処にも行かないよ、ヒトカ」
「ヒトカ。怖い」
ヒトカは深緑の瞳から、ぽろぽろと涙を流す。それがケセの心の柔らかい部分に甘く爪を立てた。
つきん、と、痛む心。
ケセはそっと指でヒトカの涙を拭う。
どうやって此処に戻ってきたのであろう。だがヒトカがいるのが夢でないのならそんなことは瑣末事だ。
ケセは上半身を起こし、半身を起こした体勢から腰を捻るとヒトカの涙に口づけた。
ヒトカがいてくれて良かった……!
変わらず自分の傍にいてくれる精霊に、ケセは不覚にも泣きそうになる。
それとも。いなくなったというのは夢だったのであろうか?
あんなに彷徨ったのに足は痛くない。体中が少し気だるい気もするが。
「ヘセ、ヘセ」
ヒトカはケセの名を呼びながら泣き続ける。
怖いとは、どういう事であろう?
胸が痛んだ。激しく痛んだ。
自分も怖かった。夢なのか現なのか、ヒトカが自分の前からいなくなってしまった事が。
もう二度と放したくない。
その為にはどうすれば良いのだろう?
ケセは苦悩する。苦悩しながら口づける。
ケセの唇は、目尻から頬、首筋、鎖骨へと移動していた。
無意識の行為。そうする事こそが今の二人には必要だったのだ。
ヒトカが溜息を洩らす。
その溜息で、ケセは漸く自分が罪を犯しそうになっている事に気付いた。だけれども、もう遅い。
ケセはヒトカの身体が欲しかった。ここに確かにいるという証が欲しかったのだ。
大事に思うなら止まれる?
まさか!
恋の最中には衝動が付きまとう。
そしてヒトカは自分の鎖骨に口づけるケセの頭を抱き締めた。
そう、もっともっと、深くまで。
だが、ケセは一瞬ひるんだ。
今まさに。
自分は、ルービックが自分に強いた事と同じ事をヒトカにしようとしている。
「イイの。違うかラ」
「何が?」
「ヘセ、ヒトカ、好き。ヒトカ、ヘセ、好き、だから、イイの」
その言葉に、ケセの理性は吹き飛んだ。
ヒトカは何もかもわかった上で自分を受け入れようとしてくれているのだ。
優しく。優しく。
未成熟な身体に舌を這わせ掌で撫で、ケセは急ぐ事無くゆっくりとヒトカを昂ぶらせる。
痛みを感じないように。いつの間にか組み敷いた身体は幼く、激しい衝動をぶつけたら壊れてしまいそうで少し怖い。
この身体の総てを五感に叩き込みたい。
そう思い舌を這わせる。自分が知らない所など無いように味わう。
ヒトカは僕のものだ。
そう、感じる為の行為が、ケセの最も恐れていた行為だという事が皮肉ではあったが。
男でも女でもない体はとても感じやすく出来ていた。
ケセだとて女性を抱いた事がないわけではない。修業中に時折仲間に連れられて娼館に行った事がある。
だが欲望を発散させる行為と愛し合う行為は全然違う。
ヒトカに自分を求めさせたい。
それは。
それはきっとヒトカを。
ヒトカを。
「愛してる」
ケセは思いの総てを込めてヒトカに告げた。
ヒトカは涙に潤んだ目でこくりと頷く。
恋が叶ったのだ。
その喜びにケセは我をなくす。
ヒトカはケセの体に溺れた。どんな女を抱いた時よりも。
男でも女でもないヒトカの抱き方をケセは本能的に知っていた。
ヒトカは悲鳴を上げる代わりに、ケセの首に回した腕に力を込めた。
人と人は一つにはなれない。
体を重ねても心までは重ねること叶わず。
だが人と精霊だとどうなのだろう?
決めていることが一つあった。
恋をし、愛する人と出会った時こそ自分は自分の心臓を捧げても良い程の愛を注ごうと。
ましてや犯すなどありえない。
そう、これはとても真剣な儀式だった。
互いが互いをどう思っているかを知るための大切で神聖な儀式だった。
丁寧に丁寧に、祈り捧げるように。
ケセはヒトカの唇を貪る。息さえ絡み取るように。
ヒトカの身体から力が抜けていく。
ヒトカは恥ずかしげに顔をそらそうとするのだが、ケセはそれを許さない。
その微かな喘ぎ声が、表情が、堪らなく愛おしい。
身体重ね、きっと心も重なっている。
何故なら感じる事が出来たから。
自然に、自分に向かう気持ちが感じられたから。
「ヒトカ、ヒトカ、ヒトカ」
呼びながらつきたて、またその名をケセは呼ぶ。
そして、ヒトカは初めてその名をはっきりと呼んだ。
「ケセ……愛してル……」