涙の跡を辿りて
ヒトカの章1・始まりの終わり
《魂の色は何色かえ? それを知る術は何じゃ? 答えは忘れ去られたモノの中にある。静かに在り、育まれた命。決して穢されぬもの。かつてそれを求めた者達が愚か者の烙印を押された。彼らは魂の色を見るだけの運に恵まれていなかっただけであるという、ただそれだけであったというに》
そこまで言うとディオヴィカは笑った。その手の中にさらさらとした髪の束がある。
ぱっと、ディオヴィカは手を離した。
《おいき。精気の凝り。自由になるのじゃ。それから、世界にお帰り》
黒に似た色彩を纏う髪は風に踊り、ふわりふぅわりと、さらわれていった。
それを見て、ヒトカは泣きたくなる。失った力惜しさではない。ケセとの記憶故だ。
ケセは心からヒトカの髪を愛でた。
何度も何度も、ケセはヒトカの髪を梳いた。豚毛のブラシだった事もあれば令嬢から貰ったという櫛である事もあった。柘植の櫛が、ヒトカは個人的に好きだった。
その髪が、さらわれて行く。
《何をしておるのじゃ? ヒトカ》
ディオヴィカの声に、ヒトカははっと我に返った。感傷に浸っている場合ではない。女王の言葉の意味を汲み取り、そしてそれを果たさねば。
しかし。
直接的な気もするこの言葉の羅列。それなのに、考えてみると全く解らない。
魂の色?
それを知る術?
《ディオヴィカ様……!》
《そのような目で見るでない! 上目遣いはよせ!! 妾は何も教え……ああ、解った、もう解ったというに! 泣くでない!!》
ディオヴィカは叫んだ。
宙に在り、足を組んで座るような体勢でヒトカの話を聞いていたディオヴィカは、心底困った声を出す。
ヒトカの涙は、ヒトカにとって最大の武器であった。本人は全く意識していないが、そこがまた武器たる所以であろう。
《そなたにはもう妾に差し出せる代償はない。妾にどうせよというのじゃ。困った子じゃ。故に、愛しさも増すものではあるが……それは最初、透明じゃ。最初は、な》
《透明?》
ヒトカの潤んだ声に、ディオヴィカは今度こそヒトカの声を聞くまいと耳を押さえた。
《妾が教えるはここまでじゃ。後はそなた、自分自身で何とかするが良い》
ふわり、ディオヴィカの身体が上空に引っ張られるように天に昇っていく。大地との距離が凄い勢いで遠ざかる。
《愛し児よ。妾が助けは無いと思え。妾は母様の許でゆっくりとそなたを見守ろう》
《お待ちを! 女王》
ヒトカの声に応えるは、笑い声のみ。
そしてヒトカは氷像と共に取り残される。
しばし呆然とした後、ヒトカは氷像を叩いた。
「ケセの馬鹿! 何デ、自分が犠牲になロウとするノ? 女王サマに、何を願っタノ?」
だが、ケセに聞こえているのかどうかヒトカには解らなかったし、解ったところでケセにどのようにして表現のしようがあろう? 氷付けにされている身で。
だが、拳から血が出るまで氷像を叩いていたヒトカは、唐突にその拳をケセの胸の辺りに這わせると、その冷たい恋人に頬擦りした。
生きている。
それは確かに感じる命の流れ。気の脈動。
ケセは生きている。
ディオヴィカの『護り』の力を感じる。
どうせケセの事だから、クーセル村の命乞いでもしたんでしょ!
なんという愚かしい恋人だろう! 自分を迫害し続けてきた村の為に氷像に身を変えるとは!!
そしてその村は救われたのか?
ヒトカには知りようが無かった。
髪を切ってしまった所為で下級精霊の姿もぼんやりとしか見えない。しかも、話し声は全く聞こえないのだ。
今のヒトカは人間よりちょっと勘が良いだけの子供に過ぎない。
風の精霊が必死にヒトカに語りかけようとするのですら、今の彼には理解できなかった。
真冬である。風の精霊に取り囲まれたヒトカが思うのは唯一つ。
《寒い……》
風の精霊達は溜息を吐きつつ、ヒトカから離れた。その頬に接吻したいと思ったけれども、精霊達はやめておいた。
そこまで言うとディオヴィカは笑った。その手の中にさらさらとした髪の束がある。
ぱっと、ディオヴィカは手を離した。
《おいき。精気の凝り。自由になるのじゃ。それから、世界にお帰り》
黒に似た色彩を纏う髪は風に踊り、ふわりふぅわりと、さらわれていった。
それを見て、ヒトカは泣きたくなる。失った力惜しさではない。ケセとの記憶故だ。
ケセは心からヒトカの髪を愛でた。
何度も何度も、ケセはヒトカの髪を梳いた。豚毛のブラシだった事もあれば令嬢から貰ったという櫛である事もあった。柘植の櫛が、ヒトカは個人的に好きだった。
その髪が、さらわれて行く。
《何をしておるのじゃ? ヒトカ》
ディオヴィカの声に、ヒトカははっと我に返った。感傷に浸っている場合ではない。女王の言葉の意味を汲み取り、そしてそれを果たさねば。
しかし。
直接的な気もするこの言葉の羅列。それなのに、考えてみると全く解らない。
魂の色?
それを知る術?
《ディオヴィカ様……!》
《そのような目で見るでない! 上目遣いはよせ!! 妾は何も教え……ああ、解った、もう解ったというに! 泣くでない!!》
ディオヴィカは叫んだ。
宙に在り、足を組んで座るような体勢でヒトカの話を聞いていたディオヴィカは、心底困った声を出す。
ヒトカの涙は、ヒトカにとって最大の武器であった。本人は全く意識していないが、そこがまた武器たる所以であろう。
《そなたにはもう妾に差し出せる代償はない。妾にどうせよというのじゃ。困った子じゃ。故に、愛しさも増すものではあるが……それは最初、透明じゃ。最初は、な》
《透明?》
ヒトカの潤んだ声に、ディオヴィカは今度こそヒトカの声を聞くまいと耳を押さえた。
《妾が教えるはここまでじゃ。後はそなた、自分自身で何とかするが良い》
ふわり、ディオヴィカの身体が上空に引っ張られるように天に昇っていく。大地との距離が凄い勢いで遠ざかる。
《愛し児よ。妾が助けは無いと思え。妾は母様の許でゆっくりとそなたを見守ろう》
《お待ちを! 女王》
ヒトカの声に応えるは、笑い声のみ。
そしてヒトカは氷像と共に取り残される。
しばし呆然とした後、ヒトカは氷像を叩いた。
「ケセの馬鹿! 何デ、自分が犠牲になロウとするノ? 女王サマに、何を願っタノ?」
だが、ケセに聞こえているのかどうかヒトカには解らなかったし、解ったところでケセにどのようにして表現のしようがあろう? 氷付けにされている身で。
だが、拳から血が出るまで氷像を叩いていたヒトカは、唐突にその拳をケセの胸の辺りに這わせると、その冷たい恋人に頬擦りした。
生きている。
それは確かに感じる命の流れ。気の脈動。
ケセは生きている。
ディオヴィカの『護り』の力を感じる。
どうせケセの事だから、クーセル村の命乞いでもしたんでしょ!
なんという愚かしい恋人だろう! 自分を迫害し続けてきた村の為に氷像に身を変えるとは!!
そしてその村は救われたのか?
ヒトカには知りようが無かった。
髪を切ってしまった所為で下級精霊の姿もぼんやりとしか見えない。しかも、話し声は全く聞こえないのだ。
今のヒトカは人間よりちょっと勘が良いだけの子供に過ぎない。
風の精霊が必死にヒトカに語りかけようとするのですら、今の彼には理解できなかった。
真冬である。風の精霊に取り囲まれたヒトカが思うのは唯一つ。
《寒い……》
風の精霊達は溜息を吐きつつ、ヒトカから離れた。その頬に接吻したいと思ったけれども、精霊達はやめておいた。