涙の跡を辿りて
ここで頑張ったら、お父様は僕を褒めて下さるかも知れない。
それから暫く歩くうちに太陽が昇りきったようで、樹海の中も随分明るくなった。それだけ歩いてきたと言うことだ。だが、母はランタンの火を消さない。それについて父は叱責もしなかった。無駄遣いを嫌い、爪に火を点すような生活を送っているくせに。
尤も、完全には日が差さぬ森の中で、ランタンを消すと随分と不自由しそうではあるが。
そうこうしているうちに、父はおもむろに懐に手を入れると、一枚の地図を取り出した。
古い古い地図だった。何故、ケセにそれが解るかといえばその地図は紙に書かれたものではなかったからだ。羊皮紙という名前までは知らなかったけれども。
「ヴェロニカ、あと少しだ。あと少しでシンシンリーの金鉱への入り口の一つに着く」
「はい」
母の声は緊迫感に満ちていた。
さっきからケセは何だか嫌な予感がして仕方がない。
父と母は、ケセには解らない話をしていた。
『ダイショウ』がどうの『タマシイの花』がどうの。
聞けば怒られるだろう。だから聞けない。怒られるのは怖かった。両親の暴力が怖かった。ケセが、生まれてから六年と半年で学んだ事は、父と母に質問をしてはいけないという事であった。
ケセは子供らしくなかった。甘える方法を知らなかった。それだけなのだけれども。
ケセの青い瞳が、冥く染まる。
だが、三人は歩みを止めなかった。
一瞬だけ母親らしい姿を晒してくれた母は、もうケセを見ようともしない。父が先頭に立って歩き、母が後に続き、しんがりがケセであった。
「ヴェロニカ! ここじゃないか!? 緑の花の乙女が守る第五入り口は!」
唐突に、父は大きな声を出した。
緑の乙女。
それは植物だった。ただし、複雑に絡まりあう幾十もの蔦が所々で花を咲かせながら人間の少女のような姿を模している。
それは美しかった。
人には決して成せぬ領域の芸術作品。
ヴェロニカが頬を赤く染め、首筋を押さえる。なかなか言葉が出てこないのだ。
「ヴェロニカ!」
父の声に、母は声を絞り出した。
「ええ、こんな……中に人を閉じ込めてあるような見事な……とにかくこんなものは初めて見ますわ。頭に当たる部分に沢山の花。まるで花冠を戴いているような……あの魔術師が言った通りですわね。案内など必要ないと」
母が感嘆している隣で幼いケセは身体中が震えるのを止める事が出来なかった。
駄目だ。
ソレは、駄目、だ!!
父は腰にはいていた剣を抜いた。そしてその緑の芸術を切り裂く。
アアアアアアアアアアアアアアアアアア!!
ケセには悲鳴が聞こえるような気がした。
そしてその乙女の背中に面したところに人が通り抜けられる様な穴を見つける事が出来た。
ケセは震えそうだった。
立ち入ってはいけない!
嫌な予感は益々深まり確信の域に達する。
青い瞳がじんじんと痛むのだ。その時の予感はよく当たる。嫌になるほどよく当たる。
そしてその嫌な予感から発する出来事から逃れられた試しは、今まで無い。
「ここに入るのですか?」
そう問うたケセに父親がにやりと笑った。
「ああ、ここをいくんだ。お前が先頭だよ。ヴェロニカ、ランタンをこの子に渡しておやり。ケセ、いいな? 足元をよく照らして歩くんだぞ。道はお父様が指示するからそのとおりに歩けば良い。ケセ。お前なら必ず出来る筈だ」
父も母も狂っていたのだと、今のケセにならよく解る。六歳半の子にそんな無茶をさせるものじゃない。
ヴェロニカはもう一度だけ母親の顔でケセを見やった。だがケセは気付かない。
やがて、三人は金鉱内に立ち入った。
それから暫く歩くうちに太陽が昇りきったようで、樹海の中も随分明るくなった。それだけ歩いてきたと言うことだ。だが、母はランタンの火を消さない。それについて父は叱責もしなかった。無駄遣いを嫌い、爪に火を点すような生活を送っているくせに。
尤も、完全には日が差さぬ森の中で、ランタンを消すと随分と不自由しそうではあるが。
そうこうしているうちに、父はおもむろに懐に手を入れると、一枚の地図を取り出した。
古い古い地図だった。何故、ケセにそれが解るかといえばその地図は紙に書かれたものではなかったからだ。羊皮紙という名前までは知らなかったけれども。
「ヴェロニカ、あと少しだ。あと少しでシンシンリーの金鉱への入り口の一つに着く」
「はい」
母の声は緊迫感に満ちていた。
さっきからケセは何だか嫌な予感がして仕方がない。
父と母は、ケセには解らない話をしていた。
『ダイショウ』がどうの『タマシイの花』がどうの。
聞けば怒られるだろう。だから聞けない。怒られるのは怖かった。両親の暴力が怖かった。ケセが、生まれてから六年と半年で学んだ事は、父と母に質問をしてはいけないという事であった。
ケセは子供らしくなかった。甘える方法を知らなかった。それだけなのだけれども。
ケセの青い瞳が、冥く染まる。
だが、三人は歩みを止めなかった。
一瞬だけ母親らしい姿を晒してくれた母は、もうケセを見ようともしない。父が先頭に立って歩き、母が後に続き、しんがりがケセであった。
「ヴェロニカ! ここじゃないか!? 緑の花の乙女が守る第五入り口は!」
唐突に、父は大きな声を出した。
緑の乙女。
それは植物だった。ただし、複雑に絡まりあう幾十もの蔦が所々で花を咲かせながら人間の少女のような姿を模している。
それは美しかった。
人には決して成せぬ領域の芸術作品。
ヴェロニカが頬を赤く染め、首筋を押さえる。なかなか言葉が出てこないのだ。
「ヴェロニカ!」
父の声に、母は声を絞り出した。
「ええ、こんな……中に人を閉じ込めてあるような見事な……とにかくこんなものは初めて見ますわ。頭に当たる部分に沢山の花。まるで花冠を戴いているような……あの魔術師が言った通りですわね。案内など必要ないと」
母が感嘆している隣で幼いケセは身体中が震えるのを止める事が出来なかった。
駄目だ。
ソレは、駄目、だ!!
父は腰にはいていた剣を抜いた。そしてその緑の芸術を切り裂く。
アアアアアアアアアアアアアアアアアア!!
ケセには悲鳴が聞こえるような気がした。
そしてその乙女の背中に面したところに人が通り抜けられる様な穴を見つける事が出来た。
ケセは震えそうだった。
立ち入ってはいけない!
嫌な予感は益々深まり確信の域に達する。
青い瞳がじんじんと痛むのだ。その時の予感はよく当たる。嫌になるほどよく当たる。
そしてその嫌な予感から発する出来事から逃れられた試しは、今まで無い。
「ここに入るのですか?」
そう問うたケセに父親がにやりと笑った。
「ああ、ここをいくんだ。お前が先頭だよ。ヴェロニカ、ランタンをこの子に渡しておやり。ケセ、いいな? 足元をよく照らして歩くんだぞ。道はお父様が指示するからそのとおりに歩けば良い。ケセ。お前なら必ず出来る筈だ」
父も母も狂っていたのだと、今のケセにならよく解る。六歳半の子にそんな無茶をさせるものじゃない。
ヴェロニカはもう一度だけ母親の顔でケセを見やった。だがケセは気付かない。
やがて、三人は金鉱内に立ち入った。