涙の跡を辿りて
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ケセが目を覚ますと、そこは大きな天蓋付きのベッドだった。
信じられない位にふわふわの布団には雲でも詰めているのだろうかとケセは思う。だってこんなにふわふわのベッドで眠った事が無いから。
天蓋の帳を開いて、ケセは思わず言葉をなくした。
青の濃淡で纏められている部屋に、ケセは居た。
しかもそれは子供部屋だった。パズルやぬいぐるみにブリキの人形、それに積み木や絵本、木馬、他にも様々な玩具が揃っていた。
ケセはこんなに玩具に溢れた部屋は見た事がなかった。それらは綺麗で、誰かのお古ではないようだった。
ベッドの横のテーブルには、氷の入った林檎ジュースと焼き菓子が置いてあった。
勝手に食べて良いのかな?
ケセはお腹が鳴るのを聞いた。だけれども、お父様がお近くにいらっしゃれば、お菓子のつまみ食いなど、決して、決して、許しては下さらないだろう。
その時、唐突に扉が開いた。
そして、ケセは真に美しいものを知る。
『彼女』は自分とそう年の変わらない少女だった。しかし、跪いて許しを乞いたくなるような、そんな美貌の持ち主だった。正直、少女の顔の欠点は何処かというと、何処にも欠点が無い完璧さだった。
「やっと起きたか、愛し児よ。そなた、名はケセ、間違いないかえ?」
「メグシゴって僕のことですか?」
「質問を質問で返すでない。まぁ、子供故仕方の無いことか。愛し児と言うのはじゃな、妾が選んだ大切な子供の事を指す。妾の魂の琴線に触れる事、それが第一の事。そなたの事じゃ。ああ、そなた、半分も理解しておらぬな」
ケセはきょとんとしたまま、大きな瞳を見開いた。
ナニガナンヤラ、さっぱりデス。
美しい少女は、腰に手を置き、尊大な態度でケセを見つめ、その混乱を読み取った。
「難しい事はおいおい覚えておけば良い。妾はディオヴィカ。シンシンリーの女王。そなたがとりあえず覚えておく事の一つに妾の名がある。そしてもう一つ、欲しい物は何でも揃えてやる。そなたの世話をする精霊達に伝えるが良い。妾が名において、必ずやそなたの欲求を叶えてやろう」
「有難う……有難うございます。ディオヴィカ様」
「従順で良い子じゃ。それに飲み込みも早そうだしの。五月蝿く泣き喚く子供は嫌いじゃ。子供の中には泣き喚く者が多くてたまらぬ」
ディオヴィカはそう言うと処女雪の白さの髪をさらりとかきあげた。
綺麗な髪だと、ケセは思った。
その髪に、ケセは見とれる。
おばあさんではないのに、白い髪。
「ん? どうした?」
ディオヴィカの問いにケセは答えられない。素直に女性を褒めるという事が、今までの生涯になかったからである。自分の感動をどう口にして良いのやら解らないのだ。
ディオヴィカはそんなケセを察して、笑った。ケセ自身の言葉が足りなくとも、その青い瞳は饒舌だった。
心から賛美されて、嬉しくないものなどいようか?
ディオヴィカはケセの許に歩み寄ると、少年の顎を掴んで上を向かせた。
「美しい瞳じゃのう。ほんに、何の曇りもない。シンシンリーのサファイアよりも美しき瞳ぞ。そう、一対の耳飾にして永遠に妾が愛でること叶えばのう」
ケセは目を見開いた。何の事やらさっぱりだが自分は褒められたらしい。しかし。
「あの……ディオヴィカ様、おと……僕の両親は何処に居ますか?」
「殺してはおらぬ。安心致せ。じゃが、そなたの両親の事は妾にはどうでも良い事。妾にとって愛しきはそなただけじゃ。まぁ、あれらも半年も養生すれば治るじゃろうて。身体に負った傷はの」
ケセにはチンプンカンプンな話し方をするディオヴィカであったが、ケセは何とか自分の両親が生きているという事実を見つけてほっとする。
「そうか。ケセは変わっておるのう。あんな仕打ちを受けても、親はまだ、親というのじゃな? どれ程深い愛をこの小さな身体の何処に秘めておるのか、それに気付かぬ親は情けない。恐らく、金とメッキの違いも解らぬであろうて。そなたは金じゃ。妾は益々そなたが気に入ったぞ!」
精霊の女王は一人機嫌よくなってしまった。