僕が愛した君と夏。
「大丈夫?」

突然ぼやけた視界に何かが入り込んできた。
彼女に出会ったのはその時だった。
とても、格好のつかない、情けない出会いだった。

「なにかあったの?」

彼女の声が優しく聞こえた。
いや、実際にも優しかったのだ。

「ごめんね、ハンカチ持ってないの」

そういって、ゴシゴシと俺の涙を自分の制服の袖でふきだした。
俺はただその行為に驚き、何もできずにいた。

「よかった、泣きやんだ」

まん丸の大きな目が俺をのぞき込んできた。
本当に真ん丸だ。そして、俺の顔がその黒目に映り込むほど綺麗な目をしていた。自分がとても汚く見えた。

「男の子がなく姿、久しぶりに見た」

大きな目が細くなる。
俺は、急に恥ずかしくなって裾で口を押さえながら顔をあげた。

「たしか、理系のマツゾエ君だよね」

彼女は、俺の正面でしゃがんだまま話しかけてきた。

「違う。ナツゾエ」

「あれ、ごめん」

彼女は驚いたあとに笑った。
俺は、彼女を全く知らなかった。

「私のこと、知ってる」

彼女が聞いてきた。
天気のせいで薄暗いからか、体調の悪い顔色に見えた。

「知らない」

俺は正直情けない姿を見られてこのまま彼女と話を続けていたいと思わなかった。

「サチ。タノウエ、サチ。
文系だから知らなくても当然だよ」

彼女、こと、タノウエサチは笑った。
笑う度に揺れる彼女の肩まで伸びた髪が、俺には少し、虚しく見えた。

「…じゃ、俺、帰るから」

目も合わさずに、立ち上がった。

「あ、うん。またね」

手を振る姿がかすかに見えた。
でも俺は、見えないふりをした。
「また」なんて、ないような気がしたから。
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