迷子のゆめ
そう促すと、みるみるうちに少女の目に涙が溜まった。
一生懸命言葉を紡ごうとして、変な呼吸を繰り返している。
彼はそれをじっと待ってやる。
「かっ...帰、る所...帰る場所がなくなった、んです...」
「おや、それはさぞ心細いことでしょう。大変でしたね。」
ティアマトらどこから出したのか、煙管に火を入れながら合いの手を打つ。
少女の涙にはたいして気にもとめない。
しかし彼にとっては願いが重要なのであってその前の出来事や当事者の感情などどうでも良いのだ。
「わたし、は...無くなったマスターの物語で..!」
「....」
「私だけ、「遺って」しまって...他はみんな消えてしまいました。どうせなら私も一緒に消えたかったのに.......!わたっ私はどうしたら良いのですか?!」
最後は悲鳴のような叫びだった。
そのまま、小さな体をさらに小さくして嗚咽をこらえるように震えていた。
少女らしく、全く要領を得ない内容だったが、ティアマトは納得したように頷く。
画面の中....この世界には無数のホームページが存在する。
その中に、パソコンや携帯を通して物語を創作するホームページも存在している。少女は、その作られた物語の登場人物だったモノなんだろう。
と、すぐに予想がついたのにはわけがある。ハイドアウトに訪れる多くは、こうした忘れられた物語の残滓だからだ。
マスターに放置され、忘れられ、棄てられた物語が自我を持ってこの世界を彷徨う。
全ての物語がそうなるのではなく、マスターの思い入れが強かったモノのみに与えられる、残酷な夢。
「可笑しな夢もあったものですね...。
物語が削除されてしまえば、そこで生み出されたもの達も削除される。
お嬢さんはどうして「遺って」しまったんでしょうねぇ?」
かぶりをふる少女はひどく痛々しい。
しかしティアマトはさして気にした風もなく、紫煙を燻らせる。
物語自身は、自らの物語を紡ぐ事が出来ない。
だから、全ての物語は時が経てば経つほど、狂おしいほどにマスターを求める。
そしてそれは、与えられたかりそめの自我から理性を奪っていくものでもある。
彼らは自分達で消えることさえ許されないのだから。
実際に、ここにくる3人に1人は病んでしまっている。
物語の「完結」を求めて。
彼らは己の終わりをひたすらに願うのだ。