迷子のゆめ
さて、この奇妙な客人をどうするか。
「........涙をおふきなさい。
そんなに泣いていては、見えるものも見えなくなってしまいますよ。」
ティアマトは、着物の袖から手ぬぐいを取り出して少女に渡した。
彼女はそれを受け取って、そのまま顔をべたりと覆った。
「それで、お嬢さん。自分の名前は思い出せますか?」
少女は、手ぬぐいに顔をうずめたまま首を振った。
困りましたねぇ、と呟いてぼんやりと本の山を見上げる。
名前がわかれば、それだけ彼女と「繋がり」やすくなってより彼女の満足できる結末を用意できるのだが。
それにしても。
削除されても消えない夢。
ーーー酷なことだ。
「して、お嬢さん。
この店をどのような店だとお思いで?」
「何でも、ひっひとつだけ、願いを叶えてくれると聞きました。」
この店の存在の意味を間違えて捉えてくる客人もいる。そういう場合、この店の恩恵は受けられない。正しく認識してこそのハイドアウト。
少女の「ハイドアウト」は「何でも願いを叶えてくれる」場所。
それは、正しい認識のひとつである。
「なるほど。
こんなに可愛らしいお嬢さんにお願いされたら、断れませんねえ。
では、お嬢さんのお願いとはなんですか?」
「.......私を変えてください」
ティアマトは、僅かに眉根を寄せた。
「変える、とはまた大それたことを仰る。夢を変化させることができるのは、マスターにしかできないこと。」
「出来ない、のですか....?」
さっとかげった幼い顔に、悠然と笑みを向け煙管の灰を小気味の良い音と共に落とす。
ここは、訪れる者を決して否定しない。
「ここは、お嬢さんの願うハイドアウト。出来ないことなどありはしません。
しかし、」
すっ、と無表情になったティアマトを少女にはどんな風に見えたのか。
「それほどの事を、同じ夢である私に願うということは、それなりの対価が必要となります。
そのご覚悟はおありで?」
所詮、ティアマトも何かの物語の一部なのだ。
決して、画面の向こう側にいるマスターと同じ権限を持つことなどあり得ないし許されない。
だかティアマトは、どうしてか叶える方法を知っている。
どうしてか、ここがどういう場所か理解しているのだ。
それには、多かれ少なかれ必ず対価が必要となる。
「....マスターを求めることがないように、焦がれることがないようになりたい。
自由になりたいんです!」
ティアマトはそっと目を伏せた。