迷子のゆめ





時にティアマトは日常会話はするものの、聞かれたことに対してしか答えないというくせがある。
言葉不足という言葉は彼のためにあるようなものだ。


このハイドアウトにある本の山。
それは、過去に来た客人達の対価である。この対価は、文字通り彼らが「身を削って書き上げた」ものである。
そして、1度始めれば書き上げるまで筆を止めることは出来ない。



ティアマト自身は経験したことはないが、何人かに1人は、耐えられない。
だから、耐えられないほどの何かが彼らを襲うのだろう。




それは、名前を与えられた瞬間から始まる。




「では、少しお待ちください。
紙と筆を用意しますので。」

ほんの陰にひっこんで、ごそごそと紙と筆を用意する。
紙を少女の前に置いて、硯を横に置く。
墨は必要ない。


「用紙と筆?」
「そうです。この世界のモノは全て文字にマスターの思いや考えてをのせて造られたもの。何をするのもそこから始まる。ならば、お嬢さんが己自身のマスターになればいい。」
「.......私が......?」
「このハイドアウトにある本は、過去お嬢さんのようにこの店を訪れた客人たちの想いです。彼らは、己の望むものを本に記して望みを叶える。
己の記した本ならば、己の好きなようにできる。ただし、1度始めればやめることは出来ません。それでも自由を望みますか?」

「.......はい。それでこの苦痛から逃れることができるなら。」


涙が残る瞳で、しっかりと頷いた。
そこに迷いはない。ーー今は。



「ーーよろしい。
ではまず、あなたに仮の名前を与えることにしましょうか。」


「....あの、対価というのは?」


「このハイドアウトは、お嬢さんのように時折訪れる客人の想いによって、つくられているのです。
いわば、原材料のようなもの。
あなたの対価は、あなたの想いを提供して頂く。」


少女はほっとしたような笑顔で、静かに頷いた。




「では、筆を持ってください。
そうですね、お嬢さんの名前はーーー。」







































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