さくらいろ【短】
「ねぇ、結衣」


不意に、母の声音が変わった。


この優しい声を、あたしはよく知っている。


「時間が出来たら、いつでも帰ってらっしゃい。お母さん、あなたの好きな物を作って待ってるから」


あたしが落ち込んでいる事を見抜いた時の、温かい声なのだ。


『つらいなら』とか『疲れたなら』とかじゃなく、敢えて『時間が出来たら』と言う所が母らしい。


意地っ張りなあたしの事をよく知っている、母ならではの気遣いだろう。


「うん……」


「あ、リクエストは早めにしてね?」


二文字で返事をしたあたしに、また明るい声に戻った母。


昔から変わらないやり取りに、不思議と心が癒されていく。


「そろそろ寝た方がいいわね、お互いに」


30分近く話した所で、母がそう切り出した。


「うん、そうだね」


「体に気をつけてね」


「お母さんもね」


「はいはい、ありがとう」


フフッと笑った母の声を聞き、『おやすみ』と言って電話を切った――…。


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