月のしずく
少し俺の顔を見てから、彼女が小走りで角を曲がった。


少しずつ姿が見えなくなる。



誰かに見られてる?

誰に?

自意識過剰?

被害妄想?

本当かよ。

やっぱ勘違いかな?



俺はどうしたらいいのかもわからなかった。


無意識のうちに足が動いて、気が付いたら彼女の後を追っていた。




少しずつ近くなる彼女との距離。


「綾咲!」



追い付いた俺は、彼女の手を掴んでいた。


「弘君……。どうしたの?」

「やっぱさ、本当だったらヤバいし。さっきの。」



言えない。

口より先に足が動いたことなんて。

本当はまだ近かったし、名前を呼ぶこともできた。



「心配だったんだよ。綾咲のこと。」


自分で言って恥ずかしくなり、目を反らす。



「弘君。ありがと。」


俺は、彼女の顔をもう1度見た。



「ありがとう。嬉しい。本当は怖かったんだ。」


口が開かない。



彼女は泣いていた。



「えっ、あっ、俺……何かした?」

「ううん。嬉しかったの。ごめんね。」



月がただ、俺たちを照らしていた。




彼女の涙が静かに光る。


“ありがとう”


ただこの一言が俺の耳に残った。
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