不器用上司のアメとムチ
「きょ……じゃなくて、副社長……?」
『京介さんでいいよ、ヒメ』
少し前まで聞きなれていた、甘くて優しげなその声があたしの鼓膜を揺らした。
不覚にもドキンと鳴った胸には気づかないふりをして、あたしは平静を装う。
「なんの、ご用でしょう……」
『別に用というほどのことでもないんだけどね、午後、副社長室に来てほしいんだ』
「でも私、仕事が……」
『ヒメの上司には許可をもらったよ。今、管理課の久我のデスクからかけてるんだ』
え……?
じゃあ久我さんも、そこに居るんだ……
『ヒメを借りていいんだよね?久我』
電話の向こうで、京介さんが彼に問いかけたようだ。
あたしはそこから低い声が聞こえてくるのを待って、耳を澄ませた。
『――――ああ。煮るなり焼くなり好きにしろ』
『だってさ、ヒメ。聞こえた?』
「…………聞こえました。じゃあ、休憩が終わり次第副社長室に」
『ああ。待ってる』
受話器を元の場所に戻した時、あたしの手は震えてた。
久しぶりに京介さんと顔を合わせることへの緊張のせいではない。
久我さんの冷めた物言いが、あたしなんか必要としてないという風に聞こえて……
ショックでズキズキ胸が痛んだからだ。