不器用上司のアメとムチ
……禁煙を止めたのは、あの日からだ。
いつまでも女々しく持ち歩いていた、渚(なぎさ)の写真をどこかに落としたあの夜……
これは過去と決別するいい機会だと、記念に俺はひとりで酒盛りをしたのだが、それは逆効果で。
結局は渚のことばかり考えてしまう自分の格好悪さから目を逸らすために、煙草に手を伸ばしてしまったのだ。
「――もう、五年も前のことだっつーのに……」
誰もいない寂れた喫煙所で、俺はふうっと煙を吐き出す。
そして、何気なく見上げたのはさっきまで自分の居たビルの七階、副社長室。
渚に裏切られ、渚を傷つけ、それを忘れるために仕事に没頭していた俺から、突然その仕事を奪った勝手きわまりない男……霞京介の部屋。
『もうここへは来なくていいよ、久我。明日からきみが行くのは管理課だ。辞令もすぐに出させる』
当時の俺はすぐにはその言葉を信じられなかった。
なぜなら、俺を選んだのは他でもない霞本人だったからだ。
――――副社長である自分の、秘書として。